掛軸の正しいしまい方 大切な掛軸をきれいに保管するために

掛軸のしまい方

掛軸は、日本の住居文化において、床の間を飾る重要な役割を担い、四季折々の風景や禅語などを描いたものが、人々の心を豊かにしてきました。日本の伝統的な美術品であり、季節や場面に応じて室内の雰囲気を彩ります。しかし、その繊細な素材ゆえに、適切なしまい方をしなければ経年劣化や損傷の原因となります。特に、日本の湿度の高い気候では、湿気やカビ、虫害が大きな課題です。

掛軸に使われる素材は主に絹本と紙本の2種類があります。その他、絹織物の一種である絖本や、麻布、金箔・銀箔などが用いられることもあります。それぞれの特徴を理解し、素材に合った取り扱いを心がけることが、美しい状態を長く保つための第一歩です。

  • 絹本: しなやかで光沢があり、優雅な印象を与えますが、湿気や汚れに非常に弱い特徴があります。特に水濡れや摩擦には弱く、シミや色褪せの原因となります。
  • 紙本: 丈夫で比較的扱いやすいものの、湿気によるシワやカビの発生に注意が必要です。特に、梅雨時期など湿度の高い時期には、カビが発生しやすいため注意が必要です。

この記事では、大切な掛軸を正しく保管するための基本的な知識と具体的な手順を詳しく解説します。

掛軸の基本的なしまい方

しまう前の準備:広げて状態を確認、埃を払うなど

掛軸をしまう前に、以下の準備を行いましょう。

  • 清潔な畳の上や広いテーブルなどに清潔な布などを敷いたうえで掛軸を平らな場所に広げ、シワや汚れ、破損がないか確認します。
  • 羽箒(はぼうき)や柔らかい毛の絵筆、または清潔なガーゼなどを使い、埃を優しく払います。特に、軸先(じくさき)や風帯(ふうたい)の付け根など埃が溜まりやすい部分は丁寧に払いましょう。
  • 汚れやシミがある場合は、無理に取ろうとせず、専門業者に相談してください。

掛軸を掛けている場所から外す方法

掛軸を外す際は、湿度の低い、晴れた日に行うのが理想です。安全に取り扱うために「矢筈(やはず)」という道具を使うと便利です。矢筈は掛け緒(かけお)を掛けるための道具で、掛軸を傷つけることなく取り外すのに役立ちます。

矢筈を使った外し方:

  1. 掛軸の横に矢筈を準備します。
  2. 片手で掛軸の中央付近を軽く支えます。
  3. もう片方の手で矢筈を持ち、掛け緒に矢筈を掛けます。
  4. 掛け緒を金具から外し、ゆっくりと掛軸を下ろします。
  5. 矢筈を外します。

矢筈がない場合:

両手で掛軸をしっかり支え、掛け緒が金具から外れないように注意しながらゆっくりと下ろしてください。この際、掛軸に無理な力を加えないことが大切です。

風帯が絡まないよう注意しながら、風帯を軽く持ち上げ、ゆっくりと巻き取るように外します。引っ張ったり急いで外すと破損の原因となるため、慎重に行いましょう。

風帯のたたみ方

風帯は、掛軸の両側に取り付けられた装飾的な紐ですが、掛軸を巻いた際に本紙(ほんし)を保護する役割も果たします。以下の手順で丁寧にたたみましょう。

  1. 風帯を両手で持ち、掛軸本体に沿うように、山折りと谷折りを交互に繰り返して折りたたみます。
  2. 折り目をつけすぎないよう注意しながら、軽く整えます。

風帯を扱う際の注意点:

  • 丸めない: 風帯を丸めると癖がつき、次回使用時に綺麗に広がらなくなります。
  • 強い折り目をつけない: 折り目がつきすぎると、傷みや裂けの原因になります。
  • 引っ張らない: 付け根が傷み、切れる可能性があります。
  • 濡れた手で触らない: シミや変色の原因になるため注意してください。

掛軸を巻く際はシワに注意

掛軸を巻く作業の中で、特に最初の巻き始めが肝心です。ここでシワや折り目がついてしまうと、後から修正するのが難しくなります。掛軸を巻く際には以下の点に注意しましょう。

  • 軸先(じくさき)の方から、本紙(ほんし)を内側にして巻いていきます。軸先から巻くのは、掛軸の構造上、軸先が最も丈夫な部分であるため、巻き始めの支点として適しているからです。また、本紙を内側にして巻くのは、表面を保護するためです。
  • 中心から外側に均等に力を加えながら巻いていきます。力を入れすぎると、本紙にシワや折り目がついてしまうため、軽く支える程度の力で、均等に巻いていくように心がけましょう。
  • 薄い和紙(たとう紙など)や、柔らかい不織布などを、本紙に沿わせるように添えながら巻いていくと、シワになりにくいです。特に、巻き始めは丁寧に、ゆっくりと巻いていくことが大切です。

さらに注意すべき点:

  • 急いで巻かない: シワや折り目ができないようにゆっくりと。
  • 片手で巻かない: シワやたるみの原因になります。
  • 硬い場所で巻かない: 畳の上など、掛軸が傷付きにくい柔らかい場所で。

巻いた後の紐の結び方

掛軸を巻いた後に使用する紐には、真田紐(さなだひも)や組紐(くみひも)など、様々な種類があります。いずれの紐を使用する場合でも、以下の点を守りながら結びましょう。

  • きつく結びすぎない: 紐を強く結びすぎると、掛軸本体に食い込み、跡が残ったり、傷みの原因となります。特に、軸先(じくさき)や本紙(ほんし)に直接結び目が当たらないように注意してください。
  • 結び目を集中させない: 結び目が同じ場所に集中すると、特定の部分に負担がかかり、変形や傷みの原因となります。巻く位置を調整し、負担を分散させましょう。
  • 異なる種類の紐を繋げない: 異なる種類の紐を繋げると、結び目がほどけやすくなる可能性があります。できるだけ同じ種類の紐を使用するようにしましょう。
  • 濡れた手で触らない: 紐が湿気を吸収すると、カビの原因になるだけでなく、掛軸本体に湿気が移ることもあります。必ず乾いた手で作業しましょう。

掛軸を保管するときの注意点

掛軸は繊細な素材で作られているため、保管環境が状態を大きく左右します。湿気、虫、ホコリ、温度などから守るために、以下の方法を取り入れましょう。

湿気の管理と防カビ対策

湿度は掛軸の大敵であり、カビの発生だけでなく、紙や絹の劣化、シミやシワの原因となります。特に、梅雨時期や秋雨の時期など、湿度の高い時期は注意が必要です。

保管場所には除湿剤や乾燥剤を使用し、湿度を50%前後に保つようにしましょう。除湿剤だけでなく、乾燥剤(シリカゲルなど)を併用するのも効果的です。また、定期的に桐箱を開けて風を通すことも大切です。

湿度計を設置し、常に湿度を確認するように心がけましょう。

ホコリを取り除く方法

保管前には掛軸の表面だけでなく、桐箱の内部も清掃してください。どちらも柔らかい布で軽く拭き取り、乾いた筆を使って埃を払います。

特に、桐箱の隅の部分は埃が溜まりやすいので、丁寧に清掃しましょう。掛軸を保管する場所も、定期的に清掃し、風通しを良くするように心がけましょう。

防虫剤の選び方と使い方

掛軸には、和紙用の防虫香や、防虫効果のある香木(白檀など)を使用するのがおすすめです。ナフタリンやパラジクロロベンゼンなどの化学薬品系の防虫剤は、掛軸の素材を傷める可能性があるため、使用は避けましょう。

防虫香を使用する場合は、薄い和紙などで包んでから桐箱の隅に置きます。直接掛軸に触れないように注意しましょう。

防虫剤は、効果が持続する期間が限られていますので、定期的に交換するようにしましょう。

温度管理について

掛軸の保管に適した温度は、15〜25℃程度と言われています。急激な温度変化は、掛軸の素材である紙や絹の伸縮を引き起こし、シワや亀裂の原因となります。

また、温度が高い状態が続くと、虫害やカビの発生を助長する可能性もあります。できるだけ温度変化の少ない場所で保管するように心がけましょう。

長期間の保管方法とポイント

掛軸は適切な方法で保管すれば、世代を超えて受け継ぐことのできる貴重な文化財です。長期間保管する際には、以下の点に留意し、大切に保管しましょう。

桐箱への正しい収納方法

桐箱は、調湿効果に優れた桐材で作られており、掛軸を湿気や虫害から守るのに最適な保管容器です。気密性が高く、外気の影響を受けにくい構造になっています。

収納の手順:

  1. 掛軸を薄い和紙(たとう紙)で包むことで、より丁寧に保管できます。
  2. 幅の広い方(八双側)を奥にして、ゆったりと収納します。
    ※きつく詰め込むと、掛軸に負担がかかりシワや傷みの原因となります。

桐箱がない場合:

防湿効果のある和紙や柔らかい不織布で掛軸を包み、通気性の良い桐製の衣装箱などに収納します。ただし、桐箱ほどの防湿効果は期待できないため、定期的な点検が必要です。

保管場所の選び方

保管場所は、直射日光を避け、風通しの良い、湿気の少ない場所を選びます。具体的には、以下のような場所が適しています。

  • 北側の部屋: 直射日光が当たらず、比較的温度変化が少ない北側の部屋は、掛軸の保管に適しています。
  • 風通しの良い納戸: 風通しが良く、湿気がこもりにくい納戸も、保管場所として適しています。ただし、床下収納など、湿気がこもりやすい場所は避けてください。
  • マンションの中部屋: 外気に触れにくく、温度変化が比較的少ないマンションの中部屋も、保管場所として適しています。

逆に、以下のような場所は避けるべきです。

  • 直射日光の当たる場所:紫外線による劣化や温度上昇の原因となります。
  • 窓際:外気の影響で温度変化が大きい。
  • 暖房器具や冷房器具の近く: 急激な温度変化や乾燥を引き起こします。
  • 湿気のこもりやすい場所:床下収納や押し入れの下段はカビの発生を助長します。

保管前の最終確認

保管前には、掛軸全体を再度確認し、虫食いやカビ、シミなどがないかを確認します。また、紐や風帯が正しく整っているか、巻き方に緩みがないかなどを確認し、必要に応じて修正や専門業者への相談を行いましょう。

虫干しについて:時期、方法、注意点

虫干しは、掛軸に付着した虫やカビの胞子などを取り除き、湿気を飛ばすことで、長期保管中の劣化を防ぐための重要な作業です。年に1〜2回程度、秋の乾燥した晴れた日に行うのが理想ですが、保管環境によっては、年に1回程度でも十分です。梅雨明け後など、湿気が気になる時期に行うのも効果的です。

虫干しを行う際は、直射日光を避け、風通しの良い日陰で、半日程度陰干しします。風の強い日は、掛軸が飛ばされる恐れがあるため避けましょう。また、長時間干しすぎると、素材が乾燥しすぎてしまうため、注意が必要です。

保管中の状態確認: 確認ポイント(虫食い、カビなど)

長期保管中でも、年に1回程度、または季節の変わり目ごとに状態を点検しましょう。以下を確認してください:

  • シミや変色が発生していないか
  • 虫食いの跡がないか
  • カビの発生がないか
  • 桐箱内の湿気がこもっていないか

異常を発見した場合は、早めに専門業者へ相談することをおすすめします。

まとめ

掛軸は、正しい保管方法を実践することで、その美しい姿を時を超えて後世に伝えることができます。湿気や虫害、埃などから守るために、正しい手順を丁寧に実行しましょう。また、定期的な状態確認を怠らないことで、早期に異常を発見し、適切な対処が可能になります。

この記事を参考に、大切な掛軸を末永く保管してください。虫干しや専門業者による修復を適切に行うことで、掛軸はさらに長く美しい状態を保つことができます。

この記事の監修者

株式会社 緑和堂
鑑定士、整理収納アドバイザー
石垣 友也

鑑定士として10年以上経歴があり、骨董・美術品全般に精通している。また、鑑定だけでなく、茶碗・ぐい吞み、フィギュリンなどを自身で収集するほどの美術品マニア。 プライベートでは個店や窯元へ訪れては、陶芸家へ実際の話を伺い、知識の吸収を怠らない。 鑑定は骨董品だけでなく、レトロおもちゃ・カード類など蒐集家アイテムも得意。 整理収納アドバイザーの資格を有している為、お客様の片づけのお悩みも解決できることからお客様からの信頼も厚い。

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