浅見五郎助(当代)
6代 浅見五郎助(当代)は、代々得意とする三島手、刷毛目手、祥瑞手染付を受け継ぎ、伝統陶芸の道に励んでいます。 歴代についてですが、2代 五郎助(生没年不詳)は磁器による煎茶道具の製作も行い、還暦を境に「五祥」と名乗るよ …
こちらにご紹介しているのは特に力をいれている作家になります。
掲載のない作家の作品も買取いたします。
6代 浅見五郎助(当代)は、代々得意とする三島手、刷毛目手、祥瑞手染付を受け継ぎ、伝統陶芸の道に励んでいます。 歴代についてですが、2代 五郎助(生没年不詳)は磁器による煎茶道具の製作も行い、還暦を境に「五祥」と名乗るよ …
浅見五祥は、浅見家伝統の御本土を用いた三島手(ミシマデ)、刷毛目手(ハケメデ)、祥瑞手染付(ションズイデソメツケ)を基本として、金彩や錆絵で上絵付けした雅な作品なども手掛けており、茶道具全般のほか懐石道具も製作しています …
上野喜蔵は、上野焼、八代焼の祖と言われています。もとは尊楷と言う朝鮮半島の陶工になります。文禄の役(1592~1593年)後、加藤清正に従って来日しました。豊前国(福岡県)小倉藩主細川斎三に招かれて、慶応10年(1605 …
「秦蔵六」は日本を代表する鋳金家の名です。 当代で六代目となります。 「秦蔵六」の名は江戸の末期から代々、伝統の鋳金技法と共に継承されてきました。 初代蔵六は文政6年(1823年)に当時の山城国(京都府)に生まれ。 「二 …
赤塚自得は、東京で代々漆芸を家業とする家系に生まれました。狩野久信と寺崎広業について日本画を学び、更に洋画を白馬会洋画研究会で学びました。 蒔絵を父から学び、明治40年(1907)に東京勧業博覧会の審査官に就任して以来、 …
赤地友哉は、石川県金沢市出身の「髹漆」(きゅうしつ)の人間国宝となっている漆器芸家です。髹漆とは、器物に漆を塗ること。また、漆を塗った器物を表します。本名は赤字外次と言い、1906年に檜物師赤地多三郎の三男として生まれま …
四代(当代)赤沢露石(赤沢正中)は、二代赤沢修三の孫にあたります。 京都で代々続く交趾焼(コーチやき)の家に生まれ、京都市立日吉ヶ丘高校美術科を卒業後、交趾焼を祖父の二代赤沢露石(修三)より修得します。 日本伝統工芸展に …
前史雄さんは沈金の技術で人間国宝(重要無形文化財)に認定された漆芸家です。 沈金とは、輪島塗の加飾技法のひとつで、漆器にノミなどの刃物で模様や絵を彫り込み、そこに金箔や金粉を刷り込んだり貼ったりする技法で、沈金の彫り方に …
角偉三郎は1940年生まれの漆工芸作家です。 父親は輪島塗の下地職人で母親は蒔絵職人という、漆塗一家に生まれました。 1955年に沈金の名人である「橋本哲四郎」に弟子入りし技術を学び、20代前半に「橋本哲四郎」から学んだ …
「川之邊一朝」は幕末から明治時代の幸阿弥派の伝統的な蒔絵を伝承した蒔絵師です。 「川之邊一朝」の代表作品として11年もの歳月を費やして完成させた超大作「菊蒔絵螺旋御用棚」があります。 「川之邊一朝」は幼児期より書籍を好み …
「河井寛次郎」という名をみなさん聞いた事はありますか? 大正・昭和にかけて京都を拠点に活動した日本を代表する陶芸家の一人が「河井寛次郎」さんです。 河井寛次郎氏は島根県に生まれ中学生のころから陶芸家を目指していました。 …
みなさん「酒井抱一」という人物をご存知でしょうか? 「酒井抱一」は江戸琳派を代表する絵師で俳人の一人です。尾形光琳に私淑し琳派の雅な画風と俳味を取り入れた詩情ある洒脱な画風に翻弄したことでとても人気となり江戸時代琳派の祖 …
奥村土牛は、戦後の日本画界における主要人物の一人です。 1889年、東京府京橋に生まれました。16の頃、日本画家になることを目指し、梶田半古に入門します。ここでその後の師となる小林古径と出会いました。1907年には、東京 …
デンマークの陶磁器メーカーであるロイヤルコペンハーゲン(Royal Copenhagen)は、正式名称「ロイヤル・コペンハーゲン陶器工房」と言います。1775年にデンマーク国王保護のもと創立しました。 絵付けは全て手書き …
青木木米は、江戸後期の陶工,南画家です。京都祇園の茶屋「木屋」に青木左兵衛の子として生まれました。俗称は八十八,縮めて米と称し,屋号の木を取ってあわせ木米と名乗りました。字は佐平,号は九々麟・百六散人・古器観・聾米などが …
小山冨士夫は、日本における中国陶磁器研究の大家として名高い人物ですが、その一方で自ら作陶も行っていました。 1923年、陸軍に志願した際、同期にいた陶器好きの影響を受けたのが、この世界に入るきっかけとなり、1930年には …
藤本能道は、本焼きの前に色釉により絵付けをする「釉描加彩」という技法を確立し、色絵磁器の人間国宝に認定された人物です。 1919年に現在の東京・新宿に生まれ、中学卒業後は東京美術学校工芸図案部に進みます。卒業後は文部省技 …
角谷一圭は、大阪市出身の釜師です。茶の湯釜の最高峰といわれる筑前芦屋釜の復元に成功し、その技術の高さから人間国宝に認定されました。 1904年に生まれ、小学校に入学した頃から釜師であった父の仕事を手伝っていました。年月が …
長野県諏訪郡出身の彫刻家で武蔵野美術大学の教授も務めました。人物をモチーフにした作品を手掛け、躍動感溢れる動きを見事に表現した作品はとても魅力的です。清水多嘉示の作品は、学校や公園などの公共施設に多数展示されている為各 …
三代徳田八十吉は、昭和から平成にかけて活躍した九谷焼の陶芸家です。 初代徳田八十吉の孫として生まれ、金沢美術工芸大学短期大学工芸科陶磁専攻を中退してからは祖父である初代と二代目に師事し作陶を学びました。1988年に三代目 …
雨宮静軒は甲斐雨端硯の名工です。 1892年、代々続く雨畑硯の硯職人の11代目として生まれた静軒(本名・弥兵衛)は、家業を継ぎ硯職人となりました。青年時代には東京美術学校付属工芸講習所で学び、日本画家・竹内栖鳳にも師事し …
平田重光は明治から大正期にかけて活躍した金工師です。 その高い技量から、皇室への献上品も数多く制作しており、献上品の中でも自分の名と工房名を刻むことを許された数少ない人物です。 皇室御用金工師の名にふさわしく、その作品は …
先崎栄伸(せんざき えいしん)は、昭和初期にその頭角を現した仏像彫刻家です。わずか18歳にして帝展入選という快挙を成し遂げるほどの腕前は、当時の人々にも驚かれました。その後も文展や日展、正統木彫家協会展などで数々の受賞歴 …
奈良の山中で作陶に励む孤高の陶芸家、辻村史朗。我流で作り上げた豪快な造形は、シンプルながら力強さを秘めた作品となっています。 辻村は1947年、奈良県の畜産農家の家庭に生まれます。青年時代に見た大井戸茶碗が彼を陶芸の魅力 …
戦後日本の洋画界において、その独特な美人画で存在感を示した画家・東郷青児。対象を大きくデフォルメし、淡い色彩と柔らかな輪郭線で描かれる女性像は、従来の美人画の常識を大きく崩すものでした。 東郷青児(本名・鉄春)は1897 …
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