日高蔀は、鹿児島県種子島出身の画家で、1931年に生まれました。
1952年に鹿児島大学教育学部教員養成科終了後、1962年二科展に初入選します。以後連続入選され、1971年に渡欧したのち1976年ル・サロン金賞受賞します。
そしてル・サロン会員となりました。
その後も順調に経歴を重ね、1977年パリ国際絵画芸術祭に出品、ベルギー王妃賞、グランプリ銀賞受賞を受賞します。
1978年にはパリ国際展に出品、特別賞を受賞。
1980年パリ国際展にてグランプリ金賞受賞。
アンデパンダン会員となり、1981年ベルギー国際展にてヨーロッパ芸術文化賞受賞します。
1983年ソシエテ・ナショナル・デ・ボザール会員となり、1985年パリ市より文化功労賞を受賞。
1993年にはポルトガル、リスボン・ヴィラ・ド・ビスポで日本・ポルトガル交流作品展に出品。全作品がリスボン市美術館に収蔵され、 1995年鹿児島県中種子町文化会館(種子島こり~な)の緞帳原画を作成しました。
東京・大阪などで、個展多数開催など輝かしいご活躍をなされ、2004年に逝去されました。
アノラ・スペンスは、イギリス出身の女性画家です。
大学でテキスタイルデザインを学び、首席で卒業。その後フリーランスの画家・デザイナーとして活動を始めます。
画家としての活動と並行して、美術学校やデザイン学校で教鞭を執り、マレーシアでは舞台美術を教えるなど幅広く活躍しました。
1990年頃からは画家に専念し、多数の個展や展覧会を開催。
はじめて版画を制作した1994年以降、記録的な早さで絶版が続いています。
作品によく描かれる白い犬は、イギリス原産のブルテリアという彼女の好きな犬種だそうです。
現在では彼女は農場に住み、動物たちと共に過ごすことでインスピレーションを得ているといいます。
人と動物が触れ合う様子を温かく色彩豊かに表現するユーモアたっぷりの作風は、国境を越えて支持され、世界中のファンを魅了し続けています。
徳島県阿南市出身で、日本を代表する現代木版画家です。
数多くの賞を受賞し、1989年には紫綬褒章を受章、2004年には日本美術家連盟理事長も務め、更に多摩美術大学で教授も歴任しており、長年に渡り芸術分野において幅広い活躍をしている作家です。
その人気は国内だけではなく、ニューヨーク近代美術館・ポーランド国立美術館・スイス国立美術館等、世界各国の美術館に作品が所蔵されています。
透明感と重厚感を併せ持つ、鮮やかさもあり奥深さも感じることができる色彩表現が特徴的で、水性と油性絵具を木版に重ねていき、繊細ある色遣いが表現される作品は、インパクトもあり日本らしさも感じることができます。
オディロン・ルドンは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家です。
感情など形のないものを、神話や文学のモチーフを用いて表現する「象徴主義」の代表的な作家として知られています。
フランスのボルドーに生まれ、15歳でスタニスラス・ゴランから素描を学びはじめました。
その後、植物学者のアルマン・クラヴォーと出会い、読書の手ほどきを受けました。
彼の存在は大きく、のちの作品にも影響が表れています。
さらに、ロドルフ・ブレスダンからは銅版画、アンリ・ファンタン=ラトゥールからは石版画の指導を受けました。
1870年の普仏戦争での従軍後、初の石版画集『夢の中で』を刊行しています。
ルドンの最期は悲しいもので、第一次世界大戦中に行方不明となった次男を探す途中で体調を崩し、会うことが叶わないまま自宅で息を引き取りました。
オディロン・ルドンは、独自の視点で内面を映す幻想の世界を描き続け、美術史に大きな影響を与えました。
代表作には『眼=気球』『眼をとじて』『蜘蛛』などがあります。
ジミー大西は1964年1月1日生まれの大阪出身で画家・タレント。吉本興業所属の芸人として独特の天然キャラクターで人気を博したあと、1990年代より画家としての活動を本格的にスタートしました。
彼の作品は色鮮やかな色彩と自由奔放な構図が特徴で動植物や幻想的な風景などを題材にした大胆かつ、純粋な表現で知られています。
主にアクリル絵具を使用し乾きの早さと発色の良さを活かしエネルギッシュで直感的な作風を生み出しています。これまでにニューヨークやパリ、上海など国内外で個展を開催し、独自の世界観で高い評価を受けています。
芸人時代の経験や人間味あふれる感性の作品に反映されており、芸術の枠を超え多くの人に感動と癒しを届けています。
笠松紫浪(かさまつ しろう)は、日本の木版画家であり、20世紀の「新版画」運動を代表する作家の一人です。
東京・浅草に生まれ、13歳で鏑木清方に師事し、日本画を学びました。師の推薦により、1919年に渡邊庄三郎の版元から木版画制作を開始し、風景画を中心に活動しました。
彼の作品は、雨や雪、夜の情景が繊細に描写されており、詩情豊かな風景表現が有名です。特に、静けさの中に人々の営みを感じさせる構図や色彩感覚は、独自の魅力を放っています。
戦後は、京都の版元・芸艸堂(うんそうどう)と協力し、1950年代から1960年代にかけて100点以上の作品を制作しました。また、作家自らが下絵を描き、彫りと摺りまで行う創作版画にも取り組み、時代と共に表現の幅も広げていきました。
近年、笠松紫浪の作品は評価が高まっており、山梨県立美術館などで大規模な展覧会が開催されています。彼の作品は、伝統と革新を融合させた日本美術の魅力を伝えるものとして、今でもなお多くの人々に親しまれています。