生没:1912ー1999年
山本 彪一 (やまもと ひょういち) は1912年生まれ。栃木県出身の画家です。
幼少の頃から絵に興味を持ち、楽しみとして絵を描いていた。早稲田大学商学部卒業後本格的に画家を志すようになりました。その後独学で絵を学び、後に猪野玄一郎に師事しました。
1942年師の猪野の勧めで新制作展に出品。日展や光風会で活躍し光風会会員となり、その後ヨーロッパに遊学。帰国後日本画壇での名声を高め1977年にはフランス・パームコマンドール勲章を受章した。しかし山本彪一は勲章などにはあまり興味を示さなかったことから、絵に対する純粋な愛が感じられます。
通常の画家とは異なった経歴を持ち、大学までは、芸術・美術の学校へは通っておらず学生時代は勉学に励んでいたとされています。そのため「異色」の画家と呼ばれています。
欧州の街や薔薇の絵が作品として多く残っており、晩年の作品ほど色彩の鮮やかさが増しているものが多いとされています。
九鬼三郎は、兵庫県出身の油彩画家です。
1951年に生まれ、現在まで多くの作品を残されています。
パリの美術学校であるアカデミー・ド・ラ・グランショミエールで学び、後年にはパリ芸術大賞を受賞します。受賞後は全国で個展を開催するなど、精力的に活動されました。2022年には国際芸術審議会より、日本を代表する近代画家30名の中の一人に選出されています。
九鬼三郎の作品で最も見かけるのは、草花が花瓶や茶碗に生けられた構図ではないでしょうか。
モチーフとなる花瓶や茶碗は桃山時代〜江戸時代のものであるとされ、古陶器と花の調和が重んじられた作風がとられています。写実性が高く、独特のフィルムを通したような色使いと陰影表現には作品の持つ奥ゆかしい美が感じられます。
注目を集めた当時から現在まで、根強いファンだけでなく世界中の美術関係者より長く評価される作家さんです。お目にかかる機会がございましたら、作品の特別な表現を感じてみてください。
中原 脩は日本の画家・イラストレーターで、主に女性をモチーフとした油彩を制作していますが「中川 脩」の名前で日本画も発表している人物でもあります。
1946年に神奈川県に生まれ、東京藝術大学日本画科を卒業し、東京藝術大学大学院美術研究科修了したのち画家として制作活動に励みます。油彩では女性を主に描き、裸婦展に入選したりその他の絵画展でも精力的に活動しました。日本画家としては伝統的な日本画を精力的に描き、同一人物と思えないほど作風が変わります。また、イラストレーターとして本の装画の制作なども行い、活動の幅を広げています。
中原が多く描いた優しく繊細なタッチの少しうつむき加減な女性は気品に満ちた雰囲気があり人気が高いです。また大きな帽子をかぶったモチーフの事が多いことも特徴の一つです。
洋画と日本画では少し洋画の方が人気が高いように感じますが、画家として名前も変えて二足の草鞋を履く独自のスタイルを築いています。
岡崎忠雄は、京都府出身の日本画家です。
1943年に生まれ、昭和後期から平成の初期にかけて活躍されました。
牡丹をはじめ、花をモチーフとした日本画で主に評価を得ており、現在も根強いファンのいる作家さんです。
1968年に京都市立美術大学を修了し、その後はヨーロッパへの旅行などで自身の感性を磨きました。ヨーロッパの旅を契機として、イタリア風景の描画など西洋絵画に取り組むようになります。やがて自身の花鳥の表現に西洋画の遠近感を取り入れ、新しい日本画を追求していきました。
1984年に院展に初入選し、以降も複数回入選するなど、多く受賞歴を持つ方でもあります。もっとも多く見かけるのはやはり花の作品ですが、イタリアの風景画やキリスト絵画の模写でも高い評価を受けているため、まさに二面的な人気を持つ作家さんです。優美で繊細な花と荘厳な美しさの風景は対比的でありながら、なおかつ包括するような作家性が感じられます。
奥西賀男は、岐阜県岐阜市出身の油彩画家です。
1945年に生まれ、現在まで多くの作品を残されています。
東京藝術大学の出身であり、油画科の小磯良平教室で学んでおりました。卒業後、しばらくしてフランスに渡り、パリ国立美術大学に入学します。そこではピエール・マッティーに師事し、翌年にはサロン・ドートンヌで入選を果たします。以後は積極的に個展を開催するなど、画家として確実に階段を踏みしめてきました。1992年からは毎年現美展に出品するなど、平成以後も活躍をとどめない作家さんです。
奥西のエッセンスがよく感じ取れるのが、季節を映した風景画や花の静物画ではないでしょうか。特に花瓶に生けられた花の作品は、奥西の魅力が最も現れる題材でしょう。柔らかな色彩を扱い、一方ではっきりと繊細に描画が行われます。モチーフとなる題材だけでなく、背景の小道具まで静謐に描き切ることで作品に深みが感じられます。
奥西の作品は、現在においても多くのコレクターを魅了しております。
中村大三郎は、京都府出身の日本画家です。
1898年に生まれ、美人画を中心に多くの作品を残されております。
1918年の第12回文展で初入選した後、翌年の第一回帝展で入選し、さらに第二回・第四回帝展では特選に選ばれるなど早くから才覚を現しました。
1922年には大阪高島屋で初の個展を開催します。またこの年、堂本印象や福田平八郎らとともに「九名会」に参加し、気鋭の作家としての地盤が固まっていきました。その後も積極的に個展などを開催しながら、多くの作品を制作・出品しました。
代表作として挙げられるのは、1926年の『ピアノ』です。こちらは大三郎の妻がモデルとなった作品であり、着物姿の女性が大きな洋風ピアノを弾く大胆な構図が目を引きます。この作品のように人物とモノ、洋と和を日本画のテイストで融和させた作風が大三郎の特徴であり、今なお持つ根強い人気に繋がっております。