フィンセント・ファン・ゴッホは、ポスト印象派を代表する画家です。
1853年、ゴッホはオランダにて牧師の家に生まれました。
一度は聖職者を志しましたが挫折し、弟の援助を受けながら画家としての人生を歩み始めます。
はじめの頃は農民の貧しい生活を題材にした、暗い作品を描いていました。
パリへ移ると、印象派の影響を受けた明るい色調の作品へと変化していきます。
1888年、弟の働きかけでポール・ゴーギャンとの共同生活を始めましたが、価値観の違いにより関係は悪化。
2ヶ月ほどでこの生活は終わりを迎えました。
また、この頃ゴッホは自身の耳を切り落とし、娼館に勤める女性に渡しています。
この一件は大ニュースとなり、世間を驚かせました。
その後、持病の発作により入退院を繰り返しながらも多くの作品を手掛けました。
しかし、1890年に麦畑の中で自らを銃で撃ち、2日後に亡くなっています。
ゴッホは十数年の活動期間で約2000点もの作品を手掛けましたが、生前に売れたのは1枚の絵だけでした。
死後に高く評価されるようになり『医師ガシェの肖像』という作品は、約124億円で落札されています。
彼は人生を絵に捧げ、情熱的に生きた孤高の画家として高く評価され続けています。
代表作には『ひまわり』『夜のカフェテラス』『自画像』などがあります。
あいはら 友子(旧芸名:原田真弓・相原友子)は、女優・画家として知られています。
1954年に兵庫県に生まれた彼女は、勉強もスポーツも苦手な子供でした。
しかし、小学3年生の頃にあった交通事故をきっかけに、様々な分野で才能をみせるようになったそうです。
大学時代には、アーチェリーで全日本第3位まで上り詰め、モントリオールオリンピック強化メンバーとなりました。
大学卒業を機に「原田 真弓」の芸名で特撮番組などに出演し、1978年に放送された連続テレビ小説「わたしは海」のヒロイン役でデビューを果たします。
バブル期には株式に詳しいことから「財テク女優」と呼ばれ、経済界での講演・キャスター・雑誌の連載など幅広く活躍しました。
また、高野山真言宗の僧籍を取得するなどしています。
縁起物として知られる赤富士を中心とした日本画を多く手掛け、組み合わせるモチーフによって異なるテーマを持たせています。
人々の幸福を願う気持ちが込められた作品は、開運アートとして多くの人に愛されています。
代表作には『赤富士に鳳凰』『赤富士に昇り龍』『黄金富士に金の川』などがあります。
オディロン・ルドンは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活躍したフランスの画家です。
感情など形のないものを、神話や文学のモチーフを用いて表現する「象徴主義」の代表的な作家として知られています。
フランスのボルドーに生まれ、15歳でスタニスラス・ゴランから素描を学びはじめました。
その後、植物学者のアルマン・クラヴォーと出会い、読書の手ほどきを受けました。
彼の存在は大きく、のちの作品にも影響が表れています。
さらに、ロドルフ・ブレスダンからは銅版画、アンリ・ファンタン=ラトゥールからは石版画の指導を受けました。
1870年の普仏戦争での従軍後、初の石版画集『夢の中で』を刊行しています。
ルドンの最期は悲しいもので、第一次世界大戦中に行方不明となった次男を探す途中で体調を崩し、会うことが叶わないまま自宅で息を引き取りました。
オディロン・ルドンは、独自の視点で内面を映す幻想の世界を描き続け、美術史に大きな影響を与えました。
代表作には『眼=気球』『眼をとじて』『蜘蛛』などがあります。
ジミー大西は1964年1月1日生まれの大阪出身で画家・タレント。吉本興業所属の芸人として独特の天然キャラクターで人気を博したあと、1990年代より画家としての活動を本格的にスタートしました。
彼の作品は色鮮やかな色彩と自由奔放な構図が特徴で動植物や幻想的な風景などを題材にした大胆かつ、純粋な表現で知られています。
主にアクリル絵具を使用し乾きの早さと発色の良さを活かしエネルギッシュで直感的な作風を生み出しています。これまでにニューヨークやパリ、上海など国内外で個展を開催し、独自の世界観で高い評価を受けています。
芸人時代の経験や人間味あふれる感性の作品に反映されており、芸術の枠を超え多くの人に感動と癒しを届けています。
北野 明信(きたの あきのぶ)は、大阪市出身で1959年生まれの洋画家です。1987年に市展、1989年に県展に入選し、1991年には大阪で初の個展を開催しました。その後も個展やグループ展を多数開催し、フランス・パリの国際公募展である「ル・サロン」にも入選しています。現在は無所属で活動を続けています。
彼の作品は、南欧を中心とした歴史ある街並みや運河を題材に、油彩ならではの濃厚な筆致で描かれています。代表作には「セーヌ川」や「クディジェイロ港」などがあり、詩情豊かな風景表現が特徴です。
北野明信さんの作品は、北海道画廊などのギャラリーやオンラインオークションで取り扱われており、コレクターや美術愛好家の間で人気を集めています。
笠松紫浪(かさまつ しろう)は、日本の木版画家であり、20世紀の「新版画」運動を代表する作家の一人です。
東京・浅草に生まれ、13歳で鏑木清方に師事し、日本画を学びました。師の推薦により、1919年に渡邊庄三郎の版元から木版画制作を開始し、風景画を中心に活動しました。
彼の作品は、雨や雪、夜の情景が繊細に描写されており、詩情豊かな風景表現が有名です。特に、静けさの中に人々の営みを感じさせる構図や色彩感覚は、独自の魅力を放っています。
戦後は、京都の版元・芸艸堂(うんそうどう)と協力し、1950年代から1960年代にかけて100点以上の作品を制作しました。また、作家自らが下絵を描き、彫りと摺りまで行う創作版画にも取り組み、時代と共に表現の幅も広げていきました。
近年、笠松紫浪の作品は評価が高まっており、山梨県立美術館などで大規模な展覧会が開催されています。彼の作品は、伝統と革新を融合させた日本美術の魅力を伝えるものとして、今でもなお多くの人々に親しまれています。