丁子紅子

丁子紅子さんは今注目の若手現代日本画家です。

1991年に埼玉県で生まれた丁子紅子さんは、繊細できめ細かなタッチ感、透き通るような透明感で見る者を釘付けにするデザインを描く作品が特徴的です。主に女性を描いています。女子美術大学絵画学科日本画専攻卒業後、第36回現代童画展奨励賞をはじめ、以後様々な賞を受賞、また、2012年から個展も展開し、多岐にわたって活躍されています。

丁子紅子さんの作品は、なんといっても繊細なタッチ感と、見る人それぞれの気持ちを取り込めるようになるべく色を使わないように描く、というところが特徴的です。髪の一本一本がまるで生きているかのように描かれ、透き通るような無表情の女性に引き込まれ、見る人の感情が入り込める作品を世に出されています。

 

平田 ゆたか

平田ゆたかは単身イタリアに渡り独学で絵を学び、イタリアの陽光を描き続け、日本国内のみならずイタリアでも高く評価されている洋画家です。

1944年に香川県に生まれ、1974年の30歳の時に単身イタリアへ渡り1975年に国立ローマ・アカデミアに入学し彫刻家であるファッチーニに師事します。

1980年のアルバトロス画廊での個展をきっかけに、同年国際ビエンナーレ展で「ポンテ・ヴェッキオ賞」を受賞しました。

1981年には「オスカー絵画賞」を受賞しイタリア国内で知名度を上げていき、現在もイタリアや日本を中心に個展を開催しています。

画像のお品物は平田ゆたかが得意とするイタリアの陽光が描かれた代表的な作品で、陽光と海の青色がとても美しいお品物となっております。

福王寺 法林

福王寺法林は山形県出身の日本画家です。

1920年に生まれ、現在まで多くの絵画作品を残されております。

幼い頃に父親と猟に出掛けた際に銃が暴発し、左目の視力を失ってしまう事故に見舞われますが、それにより生来の負けず嫌いからか、よりたくましく生きるきっかけになったと言います。

絵を描くことが好きだった法林は小学2年にして狩野派の上村廣成氏に師事し、16歳で画家を目指して上京します。
貧しい下積み時代を過ごしていた法林は21歳の頃に戦争へと駆り出されることになりますが、大金をはたいて岩絵具を買い「必ず生きて帰ってこの絵具で絵を描く」と誓って中国へ出征します。戦争中に壮絶な日々を過ごしながらも26歳で復員した法林は、献身的な愛子夫人の応援もあり、第34回日本美術院展覧会で初入選を果たします。その後も奨励賞や白寿賞を受賞するなど、画壇に名前を残すようになりました。

代表作である「ヒマラヤ」をテーマにした作品群は東京三越で行われたヒマラヤ展で展示された絵がネパールの王に気に入られたことがきっかけで始まりました。
8000m級の山々の過酷な環境に何度も訪れ、命を落としかけながらも描き続けた作品は、まさに法林の命が刻まれていると言っても良いほどの大作となっています。

エルテ

ロマン・ド・ティルトフ1892年11月23日~1990年4月21日
ロシア生まれのフランス人で美術家でありながらデザイナーもしておりました。エルテ(Erte’)に通称で知られており、デザイナーとしてはファッション、ジュエリー、グラフィック、アート、衣装、舞台美術、インテリア装飾等幅広い分野で活躍しておりました。

エルテの父は、ロシア艦隊の司令官をしており家の伝統を守って欲しいと海軍将校を望んでいたがエルテは、父親の期待には応えずデザイナーとしいての道を選びました。家名を汚すことを恐れたエルテは、名前まで変え活動をしておりました。
1915年にハーパーズバザー(ニューヨークの最古のファッション雑誌)と始めて実質的な契約を獲得し、衣装のデザインや舞台美術等華々しい活動を始めました。彼の成功の一つとしてフランス人のダンサーのギャビー・デリスの衣装をデザインことです。デリケートな体の線ち洗練された魅惑的なデザインがエルテのアイディアだとすぐに見分けがつくほど、そのアイディアと美術は21世紀のファッションにもなお影響を与えている程です。

亡くなる二年前にエルテは、ワインで有名なクルボアジェの7本限定ボトルをデザインし、蒸留から熟成までの製造過程をデザインしました。2008年にエルテが八本目にかつ最後にデザインしたボトルが1万ドルの値段で販売がされました。

井上 圭史

井上 圭史は大阪府出身の写実主義(リアリズム)を得意とする画家です。

1933年に大阪府で生まれ、1955年に京都芸術大学へ入学しますが中退し日本写真専門学校に入学し1959年に卒業します。
1974年に大阪府美術家協会創立会員となり1977年には現代洋画精鋭選抜展に出展し銅賞を受賞しました。
後に美術雑誌で有名な『一枚の繪』で紹介され一躍有名画家となります。

井上圭史の作品は備前焼の花瓶に花が添えられた静物画が人気で、細部まで丁寧な写実で描かれた作品は見るものを魅了します。

Hime(HIME)

Hime(HIME)1986年~大阪出身の現代アーティストになります。

幼少の頃は、漫画家になるのが夢で入学した京都精華大学にも筆記試験を受けず、絵の実技だけで入学する程の実力を持っていました。在学中にカメラを購入し最初クラブなどで遊びながら写真を撮っており、その後アパレル会社で働き本格的に撮影の仕事がスタート致します。

その後、自身の結婚式の際にウェルカムボードに12枚のイラストを描き、カレンダーにした物をご両親にプレゼントしたのですが、制作中とても楽しくなり「また絵が描きたい」という気持ちが強くなったそうです。

まずは、インスタグラムにてデジタルのイラストを描き、フォロワーが1年で1,000人増えないならやめようと期日を決めていたそうですが、順調に増えていき30,000程になり将来を考えていた時に、ある画廊から声がかかり、Art Fair Kyotoにて作品を発表し、本格的なアーティスト活動が始まりました。

その後、国内外のアートフェアに多数出展している今注目の現代アーティストの一人になります。

女性の絵が多いのは、ご自身が絵を描く時にテンションが上がるからだそうです。とても素直な方ですね。他にも女性の方がまつげや下まつげを描くので、HIMEさんの作風にあっているのだそうです。

サルバドール・ダリ

サルバドール・ダリはスペインが生んだ20世紀を代表する最も多才な画家です。絵画はもちろんのこと彫刻、版画、舞台装置や衣装のデザイン、映画制作と実に幅広い表現活動を行っていました。 そんなダリは6歳の頃に初めて風景画を手掛 …

グラハム・クラーク

グラハム・クラークは、イギリスの銅版画家です。 オックスフォードで生まれ、ロンドン王立美術学校を卒業したのち、本格的に活動しました。 銅版画に手彩で色付けする「手彩色銅版画」を得意とし、現在まで数多くの作品を残しています …

古畑 雅規

古畑雅規は長野県生まれの油彩画家&クレイアート作家です。 1968年の長野県松本市に生まれます。1988年に全国大学版画展に出展、1989年には伊藤廉記念展に入選します。フランス、イタリア、スペイン、トルコ、エジプトの5 …

中山 正

中山正は、新潟県生まれの木版画家です。 1927年に新潟県新潟市に生まれ、多摩美術大学に入学し油絵を学びますが、中退し版画家としての活動を始めます。1959年にリトグラフ画集「ラッパ手」を出版、その後は拠点を海外に移し1 …

アンドレ・コタボ

アンドレ・コタボは1922年にフランス南東部の町、サン=マルスランに生まれます。 リヨンの美術学校に進学し、そこで絵を学びます。 そして14歳の時、イタリアのローマの店先にあったゴッホの絵に感銘を受け、それを複製しようと …

天野タケル

天野タケルは日本の画家・彫刻家です。 世界的に有名な画家でありイラストレーターである天野喜孝の息子になります。 日本だけでなく、フランスのパリ・イギリスのロンドン・アメリカのニューヨーク・香港などで個展を開催しており世界 …

駒井01

駒井 哲郎

駒井哲郎(こまい てつろう)は1920年生まれの銅版画家であり、東京藝術大学の教授でもありました。 彼は油彩画や色彩版画も製作しましたが、生涯を通じてエッチングに情熱を傾け、人間の内面的な部分や幻想などをモノクロで表現し …

前田 麻里

前田 麻里さんをご紹介いたします。 神奈川県川崎市出身の前田麻里さん。まるでおとぎ話に出てくるような夢のような世界観を独自の技法で描き上げるのが特徴の現代洋画家です。きらめく星空、可愛らしい花と動物、虹や風船、緑あふれる …

坂本 繁二郎

坂本繁二郎という名を聞いたことがある人、無い人いると思います。 しかし、明治から昭和にかけて活躍した巨匠の1人と言えるでしょう。 坂本繁二郎を語る上で欠かせないのが、若くしてこの世を去った画家・青木繁です。 坂本と青木は …

濱田昇児

濱田昇児は、大阪府出身の日本画家です。 日本画壇の重鎮である濱田観のもとに生まれた昇児は、父に日本画の基礎を教わります。その後、近現代日本画の巨匠・小野竹喬に師事し、絵画の研鑽に励みました。 1945年、京都市立美術専門 …

高畠達四郎

高畠達四郎は、大正から昭和期にかけて活躍した油彩画家です。 1895年、達四郎は、東京で生まれました。 1914年に慶応義塾大学理財科(現・経済学部)に入学しますが、画家志望が強まり、二年後に中退。本郷洋画研究所に入社し …

池田 修三

池田修三は、秋田県出身の木版画家です。 1922年に秋田県のにかほ市に生まれ、旧東京師範学校学校(現・筑波大学)を卒業後、秋田県の高校の美術教諭となります。その後たまたま秋田を訪れていた画家の近藤良悦夫妻に作品が評価され …

尾身周三

尾身周三は、1943年新潟県に生まれ、1960年新宿造形美術卒業後現在まで日本の古民家を中心に描いている油彩画家です。 民家を写実的に20年以上描き続けてその数は数万点にも及び「民家の尾身」と言われています。民家を描き続 …

畦地梅太郎

畦地梅太郎は愛媛県出身の木版画家です。 元々油彩画家を志していましたが石版印刷工などを経験した後上京し、内閣印刷局に入局すると仕事の空き時間に鉛版画を試みたことがきっかけで版画の作品を作るようになります。 1927年には …

耳野 卯三郎

耳野卯三郎は大正から昭和時代にかけて活躍した洋画家です。 耳野卯三郎は1891年に大阪で生まれます。 画家を目指し1907年に葵橋洋画研究所に入り絵画の技術を学び、その後東京美術学校(現材の東京芸術大学)に入学します。 …