デビッド・ウィラードソンは、ディズニー界の生きるレジェンドと呼ばれている、ディズニー公認のアーティストです。
出身はアメリカで、スティーブン・スピルバーグが監督を務めた「レイダース-失われた聖櫃」のロゴマークなどを手掛けたことで名を知られ、その後アニメーション制作からディズニースタジオに所属し、ディズニーでのキャリアをスタートしました。
ディズニーアニメ作品「バンビ」「シンデレラ」「白雪姫」「リトル・マーメイド」「アラジン」「ライオンキング」などの、日本でも人気となった映画のポスターなどの告知物を手がけました。
ウィラードソンのディズニーに対する思いは強く、子ども時代のヒーローでもあり、憧れでもあるキャラクター達は、まるで魂を入れられたような表情を感じさせます。
彼の作品は、ディズニーが公式で好きに描いて良いと許可を出すほどのもので、キャラクター描写力と独特な表現力によって描かれるキャラクター達は、見るものすべてに元気を与えてくれます。ディズニーの公認アーティストは多くいるものの、公式から好きに書いていいと言わせてしまう作家は世界中でも数人と言われています。
鬼頭鍋三郎は1899年、愛知県名古屋市千種区生まれの洋画家です。
様々な作品がありますが、主には舞妓の画家として知名度を獲得しています。
学生時代から油絵を親しんでおり、明治銀行での就業を経ての1923年、上京して洋画家の岡田三郎助に師事します。そののち洋画家の辻永にも師事し油絵の腕を磨きました。
光風会を中心に活躍し、31年には光風会会員となり、のちに理事長も務めます。様々な展覧会で評価を得ながら、68年には愛知県立芸術大学の教授職も務め、70年には勲三等瑞宝章を受章するなど多くの業績を収めております。
代表作としては、第15回帝展で特選となった『手をかざす女』や、戦後に展開したバレリーナシリーズ、後節の鍋三郎の集大成となり、特に人気を誇った『舞妓』シリーズがあります。
女性美の本質を探求し、大胆な筆使いによる写実描写のなかで奥ゆかしさを表現させる。これこそが日本美術界の巨匠として名を知られる、鬼頭鍋三郎の魅力だと感じます。
渡辺禎雄は聖書の物語を題材とすることで有名な版画家です。
1913年の東京に生まれ、敬虔なクリスチャン(プロテスタント)としてその生を全うしました。
1941年に型染工芸家・芹沢銈介に師事し、型染の技法を習得します。そして1947年、型染技法の初めての版画作品『ルツ物語』が日本民芸館賞を、更には国画賞を受賞しました。以降、型染版画の第一人者として知られるようになりました。
渡辺の特徴は、やはりその世界観でしょう。
師・芹沢銈介は民藝運動に参加していました。その思想は、使い手の必要に寄り添った素朴な造形美「用の美」を追求するというものであり、渡辺は芹沢から学んだ素朴な美を自身の作品に重ねました。
そしてクリスチャンである渡辺は、自身の信仰をその作品に体現します。聖書を題材に、決して西洋的ではなく、型染というむしろ日本の伝統的な技法を用いて表現される作品には、渡辺にしかない独特の世界観を感じ取ることが出来ます。
斉藤和は、京都府久美浜町出身の日本画家です。
1987年に京都市立芸術大学日本画専攻を卒業したあと、日本画家としての活動を本格化し、京都美術工芸展で大賞を受賞するなど現在まで多くの受賞履歴を残しています。
斉藤が描くのは主に風景画です。作品の特徴は、全体を柔らかく包むような青や緑の色彩描写です。月星に社、桜に風といった古来の和を趣深く幻想的な雰囲気で表現し、みる人を安らぎへ導くような絵画が印象的です。
斉藤が最初に扱い、日本画を始めるルーツとなった岩絵の具が緑青だったといいます。色味の持つ美しさを引き出し、またモチーフの厳かな佇まいを引き出すような色彩のタッチには、日本画の伝統美の最先端を感じることが出来ます。
近年も全国で個展が開催されており、目に留まる機会は少なくないかもしれません。斉藤和の作品に触れる機会がございましたら、是非作品の色彩があらわす幽玄な雰囲気をその肌で感じ取ってみてください。
宮崎次郎は1961年、埼玉県浦和市に生まれました。
1987年頃より中根寛に師事し、繊細な点描によるグラデーションの技術など節々に影響を感じることができます。
1996年~97年には文芸誌「新潮」の目次挿絵を担当、初の個展も開催しました。以降、現在に至るまで日本全国で個展を行っています。
1997年から約2年に渡って、文化庁が「将来の文化芸術振興を担う人材を育成する」ことを目的として行っている文化庁派遣芸術家在外研修員として渡仏しています。
2004年には初の画集となる「宮崎次郎画集 サウダード」を出版しました。
サウダードとはポルトガル語で郷愁、憧憬などの意味合いを持つ単語で、日本語には適訳が存在しません。
1993年頃より「リリシズムの画家展」にも出品していますが、この「リリシズム」も叙述詩的な趣や味わいを指す言葉で、サウダードと併せて宮崎次郎の絵を描く上での大きなテーマとなっています。
日没直後のような赤みの強い空にデフォルメのきいた人物画を多く描いており、寓話的な独特の世界観で「サウダード」を表現しています。
島倉 仁(しまくら じん)は1940年に新潟県で生を受けます。
島倉が美術界で名を馳せたのは、中学生の時でした。新潟県美術展にて中学生の時に入選。その後文部大臣賞、郵政大臣賞を受賞するなど若くして頭角を現します。
1960年には版画を勉強する傍ら上京し、東宝に入社します。
かの有名な映画監督・黒沢明をはじめ、伊丹十三、岡本喜八、大林宣彦作品に参加して装飾美術を体得していきます。
フリーになったのは1981年で、島倉が41歳の時でした。
アトリエを主宰し、背景画家としてテレビ、CM、映画など多くの作品を手掛け、また各地の博物館から内装壁画の依頼も殺到します。
1992年には黒沢明監督作品「まあだだよ」のエンディングに使われた夕景作品が評価され、日本アカデミー協会特別賞を受賞。93年には作品制作を開始し、第1作『トレメンダス』を発表。全国各地で展覧会も行われます。
95年には国際エミー賞、2005年には文化庁映画功労賞、第50回映画の日永年功労賞を受賞するなど様々な賞を受賞します。
ゴジラシリーズやウルトラマンシリーズの空や雲は島倉の手掛けたものであり、それが知られると週刊誌やテレビ、新聞など幅広く周知されるようになります。
特に評価が高いものが「空」と「雲」で、雲の描き手としは業界の第一人者という異名を持つほどです。