清原啓子は、東京都八王子市出身の銅版画家です。
1987年、心不全により31歳という若さで夭折されており、画家として活動した期間は10年ほどになります。
1980年頃より画家としての活動をはじめ、その圧倒的な才覚はすぐに称賛を浴びることとなりました。82年には日本版画協会の日本版画協会賞を受賞し、翌年には初の個展を開催しました。急逝されたのは、87年の個展のすぐ後のことでした。
日本版画会に彗星の如く現れ、そして去っていった夭折の天才。その短い生涯に残した作品はわずか30点でした。
清原啓子は神秘的な文学や思想を好み、卓越した技術力をもってその世界観を表現します。完成された作品はあまりに緻密で、耽美的で、観るものを幻想世界へ取り込むような蠱惑性を内包しています。
没後すでに40年が経とうとしていますが、清原啓子の表現した世界観は風化することなく、現在でも多くの人々を魅了しております。
ウジェーヌ・カリエールはフランス象徴派を代表する画家です。セピア色で描く彼の絵画は、神秘的な作品が多く残されています。日本国内では大原美術館やポーラ美術館に彼の作品が収蔵されています。
カリエールは1849年、パリ近郊の町グルネ=シュル=マルヌに生まれました。保険業を営む父には画家になる事を反対されていたカリエールでしたが、1869年パリ国立美術学校に入学します。
しかし間もなくして普仏戦争が起き、カリエールは入隊し一度はプロイセンの捕虜となってしまいます。その後解放されたカリエールはパリに戻り絵画の勉強を再開し、1876年にフランス国家よりローマ賞を受賞します。その二年後、ソフィー・アデライド・デムーソーと結婚しました。
フランス象徴派を代表するカリエールですが、彼の初期の作品はルーベンスなどの影響を受け色彩豊かなものであったそうです。しかしロンドン滞在中にターナーの作品と出会い、大気と光の減少へ関心を高め、やがてセピア色で靄がかかったような独特の絵画手法を築き上げたと言われています。
また、カリエールは『考える人』で知られる彫刻家のオーギュスト・ロダンとも親交が深く、自身の作品の表現方法にも大きく影響を与えたようです。
カリエールの絵画は、セピアの色調と背景から人が浮かび上がるような神秘的な作品が多く、同時期に活躍した印象主義の画家たちの明るい色彩表現とは一線を画していると言えるでしょう。ご機会があれば、ぜひ一度カリエールの絵画をご覧ください。
星襄一は1913年、新潟県に生まれました。
台湾総督府台南師範学校(現・国立台南大学)を1932年に卒業後、13年間初等教員として勤めたのち、終戦後は新潟県小出町にて謄写版(ガリ版とも)印刷業を営みながら孔版画の学習を始めました。独学ながら1949年には日本版画協会展にて根市賞を受賞しています。
1956年、42歳にして武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)西洋画科を卒業しますが、卒業以降は再び版画の制作に取り組み、主に木版画の作品を制作します。
日本版画協会展や国画会を始めとした国内の展覧会以外に、サンパウロ国際版画ビエンナーレ、イタリー・カルピ国際木版画トリエンナーレなど国外の展覧会にも作品を出品しており、木版画作家として今なお高い人気を誇る作家となっています。
1969年にはニューヨークで、1971年にはベルギーで現代日本版画巡回展を開催しています。
作品の主なモチーフは樹木で、地平線と横方向に力強く広がるシルエットが特徴的です。夕暮れや青い夜など、美しい空にそびえ立つ樹木は神秘性を感じさせます。
櫻井 陽司は、新潟県生まれの、日本を代表とする画家の一人です。
上京し、油彩を始めるものの、一度は電気局に就職し、その後、画家になるという一風変わった経歴をお持ちで、画家になってからは、子供が病気になり、重労働の中、ご自身も背骨を痛めてでも、数々の作品を残し、力強く生きた印象がございます。
画廊や百貨店などで、精力的に個展を開催し、アート・ロべ個展に関しましては亡くなる2000年まで開催されております。
『九十以上生きて、線一本引いて死のう』という、有名な言葉を残しており、
最期の最期まで、絵に対する思い入れが強く、湧き上がるような力と生命の躍動感、魂の籠ったデッサンの線と、見る者に感動と強さを与え、櫻井 陽司の世界感へと引き込まれる魅力が、作品から感じられます。
ジョウ・ナイトウは、東京生まれの日本のワイルドライフ・アーティストです。
アーティストとしての始まりは、1983年教育社から発売された『日本の自然シリーズ』というカレンダー制作からです。
1985年には、アメリカ植物協会の国際ボタニカルアート展に作品を出展し、1986年には、ユナイテッド航空の『アメリカの自然シリーズ』を制作し、日経広告賞部門賞を受賞しており、その後も1992年までに多くの賞を総なめにしております。
1993年には、アメリカ・レイ・ヨーキー・ウッドソン美術館主催の『バード・イン・アート展』に入選し、日本人で2人目の入選という快挙も成し遂げております。
ジョウ・ナイトウは、アフリカやアラスカなどの地を訪れ、動物や植物を直接観察し、スケッチすることで作品を制作しており、精密な写実主義とハイパーリアリズムを信条とし、作品はどれも見る者を虜にする、魅力的なものばかりです。
デビッド・ウィラードソンは、ディズニー界の生きるレジェンドと呼ばれている、ディズニー公認のアーティストです。
出身はアメリカで、スティーブン・スピルバーグが監督を務めた「レイダース-失われた聖櫃」のロゴマークなどを手掛けたことで名を知られ、その後アニメーション制作からディズニースタジオに所属し、ディズニーでのキャリアをスタートしました。
ディズニーアニメ作品「バンビ」「シンデレラ」「白雪姫」「リトル・マーメイド」「アラジン」「ライオンキング」などの、日本でも人気となった映画のポスターなどの告知物を手がけました。
ウィラードソンのディズニーに対する思いは強く、子ども時代のヒーローでもあり、憧れでもあるキャラクター達は、まるで魂を入れられたような表情を感じさせます。
彼の作品は、ディズニーが公式で好きに描いて良いと許可を出すほどのもので、キャラクター描写力と独特な表現力によって描かれるキャラクター達は、見るものすべてに元気を与えてくれます。ディズニーの公認アーティストは多くいるものの、公式から好きに書いていいと言わせてしまう作家は世界中でも数人と言われています。