小川 芋銭
河童を好んで描いた画家で「河童の芋銭」と呼ばれた小川芋銭という画家をご存知の方も多いのではないかと思います。 江戸幕府最後の年となる慶応4年に江戸赤坂溜池の山口筑前守弘達の牛久潘邸に小川芋銭は生まれました。 牛久学舎(現 …
河童を好んで描いた画家で「河童の芋銭」と呼ばれた小川芋銭という画家をご存知の方も多いのではないかと思います。 江戸幕府最後の年となる慶応4年に江戸赤坂溜池の山口筑前守弘達の牛久潘邸に小川芋銭は生まれました。 牛久学舎(現 …
大橋翠石は岐阜県大垣市生まれの日本画家です。日本美術史の中でも特別な存在で、世に「虎の翠石」として名高い画家です。特に長い冬毛が美しいアムールトラを多く画題に選び、その描くところの虎は毛の描写の細かさ、威風堂々とした体 …
徳岡神泉は京都市上京区生まれの日本画家です。1909年に土田麦僊の紹介で竹内栖鳳の画塾竹杖会に入り、本格的に画を学びます。翌年には京都市立美術工芸学校絵画科に入学します。卒業までの4年間に、金牌、銀牌を獲得するなど優秀 …
松林桂月は1876年に山口県萩市山田に生まれました。数えで18歳の年に上京し、画壇の大家・野口幽谷(1827–1898)に入門します。数年のうちに展覧会への入賞を果たすなど、みるみる頭角を現し、明治34(1901)年に …
中路融人は1933年京都生まれの日本画家です。滋賀湖国の原風景に心惹かれ、60余年もの間その風景を追い求め描き続けました。「水と木が創作の舞台装置」とし、母の故郷・五個荘を訪れては数多くの作品を描きました。 酒屋の次男 …
三木翠山は大正時代から昭和時代にかけての京都の日本画家、版画家です。兵庫県加東市の出身で美人画家として名を馳せた三木翠山。竹内栖鳳に師事した後、「祇園会」や「鏡」、「維新の花」など華やかで気品のある作風により人気を博 …
富田渓仙は明治から昭和初期に活躍した日本画家です。富田渓仙の作品はとにかく独創的であり、繊細さが特徴です。初め狩野派、四条派に学び、自由闊達な作風で描かれる南画で人気があった画家です。初め狩野派、四条派に学んだが、そ …
森 寛斎は、日本の幕末から明治時代に京都を中心に活躍した絵師、日本画家になります。本姓は石田、幼名は幸吉、のちに尚太郎となります。 森狙仙、森徹山、森一鳳・寛斎と続く森派の絵師になります。若い頃は攘夷(じょうい)運動に熱 …
千住博といえば、1995年にイタリアのヴェネチア・ビエンナーレ優秀賞を獲得した「ウォーターフォール」といった、滝や崖などの自然物を題材にした作品が多い画家です。作品を見ると千住博らしさを感じる独創的な作画なのですが、その …
高畠華宵は愛媛県宇和島市裡町に生まれの日本画家です。雑誌や新聞の挿絵・広告絵などを描いて、人気画家として一世を風靡しました。大正から昭和初期にかけて、華宵の絵は当時の少年少女の間で絶大な人気を得ました。津村順天堂のポスタ …
上村松篁は日本画の巨匠である上村松園を母に持ち、上村松篁も花鳥画の最高峰と言われた作家です。 京都に生まれた上村松篁は、幼いころより母・上村松園が絵を描いていたことも影響して自然と画家を志すようになります。しかし、松園は …
昭和初期から平成にかけて活躍した日本画家の一人に上田臥牛という方がいます。 1920年に兵庫県に産まれた上田臥牛は川端画学校を卒業後に小林古径に師事し、端正かつ清澄な画風を学んでいました。 その後、1950年代にアンフォ …
滋賀県出身の画家で有名な人物といえばなんといっても小倉遊亀でしょう。 小倉遊亀は女性初の日本美術院理事長となってり105歳でお亡くなりになるまで精力的に絵を描き続けた情熱は多くの人を魅了しました。 小倉遊亀の作品は身近な …
近代日本画の復興に尽力し、戦後は制作の傍ら美術行政にも取り組んだ日本画家・安田靫彦。日本画の中でも特に歴史画を得意とし、多くの優れた作品を残しています。 安田は1884年、東京日本橋に生まれました。13歳の帝室博物館の法 …
江戸時代に活躍した文人画家、岡田半江。晩年は九州に移り多くの作品を残しました。 岡田半江は1782年、大坂(現・大阪)の米屋に生まれました。父、岡田米山人は米屋を営む一方、文人画家としても活動しており、半江も父に倣い絵を …
文明開化間もない日本で新進気鋭の洋画家としてデビューするも、間もなく日本画に転向するという異色の経歴をもつ画家、下村為山。かの有名な俳人、正岡子規と深い親交を持つ人物でもありました。 下村は1865年に愛媛の松山で生まれ …
洋画と日本画の両方を学び描いた画家、青木大乗。巧みな色彩で奥行きを感じさせる静物画は、観る者を引き込む魅力があります。 青木は1894年、大阪の天王寺に生まれ、中学校卒業後京都の関西美術院で洋画を、京都絵画専門学校で日本 …
前田青邨(まえだせいそん)は、岐阜県出身の日本画家です。 歴史画の名手であり、また近代日本画家・平山郁夫の師匠としても知られております。 日本の伝統的な大和絵を学び、ヨーロッパ留学で西洋絵画、とくに中世イタリア絵画の影響 …
昭和生まれの日本画家として一目置かれている存在、それは小泉智英です。 1944年に福島県に生まれた小泉智英は、多摩美術大学の日本画学科に入学後に横山操や加山又造に教えを乞うていた際にその生き様に感銘を受けたことをきっかけ …
横山操は日本画の大きな転換期であった戦後画壇にて活躍した昭和を代表する日本画家の一人です。 1920年に新潟県に生まれた横山操は高校を卒業してから川端画学校にて学び、1940年には第12回青龍展にて「渡船場」にて初入選を …
鈴木松年(本名、謙)は明治から大正時代にかけて活躍をした日本画家であり、上村松園の最初の師としても知られております。 鈴木百年の長男として京都に生まれた鈴木松年は、幼いころから軍談や喧嘩を好んでおり父である百年から画を学 …
岩田専太郎は長い挿絵の歴史の中でも長期間にわたって人気を持ち続けた挿絵画家です。 1901年に東京都に生まれた岩田専太郎ですが、印刷業を営んでいた岩田家はもともと徳川家の御家人であり、武家の商法であったことが影響して家計 …
伝統的な東洋絵画の線描を研究し描かれる作品たち。近代の日本画において革新的な朦朧体が導入される中、古径は線描による日本画を貫きました。 小林古径は1883年、新潟県の高田に生まれます。1899年には上京し、日本画家・梶田 …
京都府画学校の設立に尽力し、自身の私塾でも多くの著名な画家を育てた日本画家・幸野楳嶺。その功績は近代日本画の父と呼べるものではないでしょうか。 幸野楳嶺は1844年、京都に生まれました。1852年に円山派の絵師・中島来章 …