黒光 茂明

黒光茂明は1946年、終戦の翌年に京都に生まれます。
父は日本画家である黒光茂樹であり、その父の影響を受け画家を志すようになりました。

京都市立芸術大学に入学し、在学中の1969年には新制作協会日本画部にて入選。70年に同大学を卒業し、更に研鑽を積むと、76年には京都で行われた第2回春季創画展春季展賞を受賞。さらに翌年の77年にも同賞を受賞するなど、その頭角を現していきます。
89年には山種美術館賞展に招待出品するなど、知名度を徐々に上げていきます。

2000年以降も精力的に活動し、2004年には個展を開催する傍ら、浄土宗清行山三善院本堂桂双龍図を制作。
2008年には全国各地で「黒光茂明展‐光を聴く-」開催するなどその勢いは衰えることを知らず、2013年には京都府文化功労賞を受賞します。
ここ最近では2022年に名古屋能楽堂内蓬左亭日本画を制作、23年には高島屋各店で個展を開催するなどその画力に磨きがかかっています。

三輪 良平

三輪良平は美人画を中心に描かれた昭和後期から平成時代に活躍した日本の画家です。

京都市の表具師の次男として生まれ、京都市立美術専門学校卒業後、山口華楊に師事し華揚が代表をつとめる晨鳥社(しんちょうしゃ)へ入塾すると翌年には昭和27年の日展に「憩ひ」にて初入賞その後の日展でも「裸婦」で特選、「舞妓」で白寿賞を受賞、この頃、中路融人ら晨鳥社の若手と研究会「あすなろ」を結成しました。
日展審査員や評議員をつとめるなど日展を中心に制作活動を行い、現代日本画壇の発展に尽力した方です。

また描かれた舞妓は年若い娘も多く昔舞妓として活躍していたのは十代前半の女の子であり着物は派手で鮮やかな物が多かったそうです。
しかし現代に近づくにつれ舞妓の年齢層も上がって行き作品の舞妓も年齢層が上がっている事がわかります。
そして描かれた作品は裸婦や舞妓を題材として華麗な女性美を描き、特に舞妓を多く題材にしており着物の美しさ、女性のハッキリとした顔立ちを描き全体のバランスがとても美しい作品です。

佐藤 潤

佐藤潤は生物多様性をテーマに絶滅危惧種の動物たちを描く鳥獣画家で、動物画家として大変人気があります。

そんな佐藤潤は、1970年大阪市に生まれ、幼少期を大阪の工場街で過ごしました。自然、土や木々、虫たちなどとは縁の無い場所で育ったことから生き物たちに憧れの気持ちをつのらせて暮らしていました。 さらに幼い頃は体も弱く室内で過ごすことが多く、募らせた思いはやがて描くという表現に変わっていきました。
その後、佐藤潤は美術高校、そして 京都精華大学美術学部に 進学し、卒業後は欧州の国々を旅します。その中で画家として活動を始めますが生き物たちへの憧れは変わることなくリスペクトの気持ちをもって作品を作り上げています。

1995年に初個展を開き、2000年以降は日本全国の百貨店や美術画廊などで毎年個展を開催するまでになりました。その他に動物園などへの作品寄贈や、売上の一部をWWFジャパンへ寄付するなど自然保護や動物保護にも熱心に取り組みました。そんな中2009年、アメリカの大手パズルメーカーやその他の企業により作品が商品化されることなり、佐藤潤の作品は全米で販売されるようになりました。

佐藤潤の描く作品は動物を描くことが多いのはもちろんですが、ジャパネスクシリーズと言って、日本という国の美しさ、風習や伝統的な文化を多くの方に知ってもらうため、お正月の海老や鯛・端午の節句の鯉のぼり・七夕の笹やカササギなど日本の節句や行事をテーマにした作品や、吉祥をテーマにした作品・仏画の世界をテーマにした作品を作り上げています。
このジャパネスクシリーズは、パリの展覧会にも出品され日本の文化の美しさとクオリティの高さによって海外で高い評価を受けました。

佐藤潤は、日本と動植物の昔からある繋がりを伝えるような活動を行っていますが、2004年のインドネシア・スマトラ沖地震をきっかけに動物の為に何かしなければならないという思いが募り、絶滅危惧種の動物などに目を向け、動物たちの現状を訴えかける魅力のある作品を作り上げています。

 

野村 義照

野村義照は、大阪府生まれの日本画家です。

1971年に東京藝術大学大学院を卒業すると、前田青邨、その後は平山郁夫に師事し、日本画の技量を高めていきました。

1977年。院展で日本画大賞を受賞したその年、野村義照は初めてのギリシャ・ローマ旅行に行きました。そこでギリシャ古典美術に感銘を受け、研究をはじめました。その後もギリシャをはじめとしたヨーロッパ諸国に研究旅行を続け、その累計は30回以上に及びました。

野村義照は作品の題材として、ギリシャやローマ、ヨーロッパ各地の遺跡などを多く扱っております。青を基調とし、そこへ荘厳な遺跡や塔を写実的に、そして透き通るように表現します。繊細な色遣いと緻密な造形が、そのまま題材の持つ奥ゆかしさとして立ち現れます。

時に建物に限らず、彼のフィルターを通して、そこに在る美は静謐な形で描かれます。静謐で荘厳な世界こそが彼の絵画であり、魅力です。

油彩の日本画を主とし、リトグラフなどの版画作品も制作しています。

山下 保子

1946年に東京都で生まれた彼女は、1968年に女子美術大学日本画科在学中に日春展に作品が入選します。1969年には女子美術大学日本画科卒業、1979年と1992年にはそれぞれ日展特選受賞、2008年に第40回日展日展会員賞を受賞、2019年に日展内閣総理大臣賞を受賞と、現在は日展会員である素晴らしい活躍をされている女流画家です。

女性の姿を主流といて描き、その洗練された構成方法とタッチ感が魅力的で、見る者を作品に引き込む力がひとつひとつの作品にあります。

松岡 政信

松岡政信は日本美術院同人として活動している日本画家です。

1932年に大阪府で生まれました。18歳の時から中村貞以に師事し、1953年に日本美術院展にて初入選、以降同展で多数受賞いたします。1954年には第39回院展奨励賞を受賞、その他高島屋などで個展を開催するなど活躍されています。

松岡政信と言えば『花』を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。これまで花をモチーフにした作品を数多く手掛けており、一凛一凛、その花特有の美しさを表現しています。

モチーフを限定する作家さんも多くおられますが、松岡政信の描く「花」は色とりどりで四季折々、実に多彩であります。葉の一片までのふくよかな表現からは、松岡政信の幾多の花に対する真摯な観察力がうかがえます。

丁子紅子

丁子紅子さんは今注目の若手現代日本画家です。 1991年に埼玉県で生まれた丁子紅子さんは、繊細できめ細かなタッチ感、透き通るような透明感で見る者を釘付けにするデザインを描く作品が特徴的です。主に女性を描いています。女子美 …

福王寺 法林

福王寺法林は山形県出身の日本画家です。 1920年に生まれ、現在まで多くの絵画作品を残されております。 幼い頃に父親と猟に出掛けた際に銃が暴発し、左目の視力を失ってしまう事故に見舞われますが、それにより生来の負けず嫌いか …

Hime(HIME)

Hime(HIME)1986年~大阪出身の現代アーティストになります。 幼少の頃は、漫画家になるのが夢で入学した京都精華大学にも筆記試験を受けず、絵の実技だけで入学する程の実力を持っていました。在学中にカメラを購入し最初 …

濱田昇児

濱田昇児は、大阪府出身の日本画家です。 日本画壇の重鎮である濱田観のもとに生まれた昇児は、父に日本画の基礎を教わります。その後、近現代日本画の巨匠・小野竹喬に師事し、絵画の研鑽に励みました。 1945年、京都市立美術専門 …

河嶋 淳司

河嶋 淳司 1957年~現在 東京出身の日本画家になります。 東京藝術大学に在学中から、自身の作品発表を活発に行っており、昭和60年のギャルリー・ワタリでの個展を手始めにほぼ毎年の様に個展を開催しております。 平成6年に …

黒田 悦子

黒田悦子は日本の画家です。 1942年、宮城県・石巻市に生まれました。 1962年に女子美術大学付属中等科入学し、1968年大調和展新人賞を受賞。 1971年女子美術大学専攻科を修了、その後シェル賞展で佳作を受賞など入選 …

井上 稔

井上稔は1936年4月16日、京都市に生まれた日本画家です。 中村大三郎の弟子となり、日本画を学んで徐々に頭角を現していきます。 井上稔の影響かどうかは分かりませんが、兄である野々内良樹(1930~2009)ものちに日本 …

林 功

林 功(はやし いさお)は1946年の千葉県茂原市にて生まれました。 千葉県の高等学校在学中に、当時美術教師だった洋画家の山本文彦に感化されて絵の勉強を始めます。その結果千葉県の美術展で県美術会賞及び市長賞を受賞しました …

野呂介石

野呂介石は江戸時代後期に活躍した日本の文人画家です。 主に花鳥水墨画を得意とし、詩文にも定評がありました。 紀州藩に仕えており、祇園南海や桑山玉洲と共に紀州三大南画家と呼ばれています。また当時は長町竹石、僧愛石らと共に「 …

クリフトン・カーフ

クリフトン・カーフ

クリフトン・カーフはアメリカの版画家です。 家族全員が筆を執る画家一家に生まれ、カーフも幼少のころから絵に興味を持っていました。18歳の時に軍人画家として長崎の佐世保に訪れた際に、アメリカとは違う日本の文化・風習・風景に …

関野 準一郎

関野準一郎は昭和の時代に活躍した版画家です。 1914年に青森県青森市にて生まれます。旧制青森中学校在学中に木版画を製作。その後青森の銅版画家、今純三から銅版を学びます。 18歳の頃に日本版画協会展に初入選します。翌19 …

与謝 蕪村

与謝蕪村は松尾芭蕉・小林一茶と並び江戸時代における三大俳人に選ばれている俳人です。 与謝蕪村は摂津国(現大阪府)で生まれ、20代の頃に江戸に下り俳諧を学びます。27の頃に俳諧の師が亡くなり下総国(現茨城県)に住みますが、 …

池 大雅

池大雅は18世紀に活躍した文人画家です。与謝蕪村と並び日本文人画家の祖や大成者と言われています。池大雅は数多くの名がある人物で、幼名は又二郎など。忌み名は勤や無名(ありな)、字は公敏、貨成。日常生活では池野 秋平。雅号( …

中島 華陽

中島華陽は、江戸末期から明治にかけて活躍していた絵師です。中島華陽の活躍したこの時代は、従来の狩野派から写実性を取り入れた円山四条派が主流となっている時代でした。そんな時代に、自由な作風と独自の世界観で評価を得ていた横山 …

山名 貫義

1836年~1902年 山名 貫義(やまな つらよし)は、現在の東京都千代田区麹町の出身で明治時代に活躍した日本画家になります。明治維新後、工部省、内務省、農商務省に測量技術をもって出仕し、明治10年代の際に再び画道に戻 …

矢野 橋村

矢野橋村は愛媛県生まれの大正から昭和にかけて活躍した南画会の重鎮です。 号は知道人、橋村、橋村子明、古心庵、大来山人とあります。 1890年に愛媛県に生まれた矢野橋村は1907年に大阪に転居します。同じく1907年に大阪 …

狩野 尚信

狩野 尚信(かのう なおのぶ 1607年~1650年)は江戸時代初期の狩野派の絵師です。狩野探幽の弟にあたります。1607年、京都にて生まれます。1623年、徳川家光が上洛した際にお目見えし、家光から絵事を申し付けられま …

梶 喜一

梶喜一は京都府出身の日本画家で、鯉をよく描いた作家として知られています。 1904年に生まれ、16歳の時に都路華香に師事する一方で関西美術洋画研究所にも通って日本画を学びました。1924年に京都絵画専門学校に入学し、19 …

藤井 松林

1824年~1893年 藤井 松林(ふじい しょうりん)は、福山城下の長者町の武家屋敷で誕生しました。松林は、14歳の時に、御絵図師加勢になり絵画での腕を発揮する初めと言われております。この頃から、四条派の重役だった高田 …