鈴木青々は、愛知県瀬戸市出身の陶芸家です。
瀬戸の陶芸家である河本五郎、加藤舜陶とともに「瀬戸の三羽カラス」として親しまれています。
20代の半ばに瀬戸の陶芸家・加藤華仙に師事し、本格的に陶芸の道を歩み始めます。はじめは黒瀬戸や織部など伝統的な陶芸技法での制作を行っていましたが、陶芸家・板谷波山やガラス工芸家・各務鑛三に師事し、制作技術を学ぶ中で、やがて独自の路線を開拓していくようになります。
文展や日展を中心に活躍され、後年には日展の評議員を務めるなど活躍されました。
鈴木青々の仕事の一つに、ガラス質のフリット釉を陶土にめり込ませて焼成することで、器の表面が色のついた砂地風に見える「彩砂磁」という製法を生み出したことがあります。
伝統技法を基礎として、この彩砂磁や七宝、象嵌、金彩などの技術を併用しながら、幅広い作品を製作されています。
造形や色彩の自由度が高く、斬新ともとれる作品の多い作家さんです。
大矢亮は、名古屋出身の油彩画家です。
1974年に名古屋市で生まれ、6歳の時から絵画教室に通い、絵と共に過ごしてきました。
1998年に愛知県立芸術大学日本画科を卒業後、同年の院展にて初入選を果たします。2000年に大学院を修了してからも愛知芸大との関わりは続き、大学の模写班で長年模写事業に取り組みました。
そこでの技術を生かしながら、独自の発想から新たな日本画のスタイルを模索し、現在も制作を行っております。
大矢亮の作風として、物語の世界のようなファンタジー性、フィクション性が取り入れられていることが挙げられます。幼少期より物語を考えながら絵を描くことを好み、続けてきたことが、現在の作品にも表れていると言えます。
また、古画をユーモラスにアレンジした作品なども有名であり、大変人気を集めています。
近年多くの個展が開催され、その独特な感性で描かれる日本画は今なお多くのファンを生み出しています。どこかで機会があれば、是非一度その世界観をご堪能ください。
パブロ・ピカソはフランスを拠点に活動した画家で、キュビズムの創始者です。
現代においてその名を聞かないことはないほどの有名画家であり、「20世紀最大の画家」と呼ばれています。
生涯に渡って芸術活動を行い、残した作品は油彩画と素描だけでも一万点を超えるといわれております。
幼いころよりその才能を如何なく現しており、美術教師であった父は十三歳のピカソの描く絵を見て筆を折った、という逸話が残っています。
初期はヨーロッパの伝統的な絵画を制作していましたが、ピカソの画風はその人生の中で何度も転換します。
一度目の大きな転換は1901年、親友の自殺に起因するものでした。乞食や娼婦などをモチーフとし、暗青色を基調とした画風で暗い感情を吐き出すような描画がされました。この頃は「青の時代」と呼ばれます。
二度目は「ばら色の時代」と呼ばれ、モンマルトルに移住し、恋人と順風満帆に暮らしていた頃に起きました。
そして三十代の頃に、ピカソを代表する画風である「キュビズム」へと転換します。四十代からは新古典主義、シュルレアリスムへと移り変わり、この頃の代表作として『泣く女』や『ゲルニカ』が挙げられます。
その後も細かく画風が変わりますが、それはやはり圧倒的に多くの作品を残してきたピカソであるからこその変遷だと考えられます。ピカソの持つ絵画史は、後世の芸術家に多大な影響を残しています。
神話や歴史を描く時代から印象派へ、そして現代アートへの道を耕した開拓者として、「20世紀最大の画家」という呼び名が確立しているのです。
松本明慶は、京都出身の佛像彫刻師です。
鎌倉時代に活躍した運慶・快慶の流れを汲む「慶派」の佛師となります。
木の中に仏が見えるとまで言われた百年に一人の天才、初代明慶に続き二代目、三代目と確かな技を受け継いできた名人親子三代です。
明慶は太平洋戦争の末期に生まれ、戦後の困窮期に子供時代を過ごしました。
19歳の頃に当時最高峰と呼ばれていた京佛師・野崎宗慶に弟子入りし、佛師としての人生を始めます。
明慶がはじめて大佛を制作したのは36歳の時で、広島・福王寺に『不動明王座像』を納佛しました。1999年には鹿児島・最福寺に世界最大級の木造佛『大弁財天坐像』を納佛するなど、現在までに19体の大佛を納佛しています。
明慶の制作する佛像は、人々に寄り添うみほとけの形をとっており、まるで命を宿したような造形と佇まいには、溢れんばかりの慈愛を感じさせます。
2005年には京都府京都市に松本明慶佛像彫刻美術館が開館され、日本きっての大佛師、松本明慶の作品群が展示されています。機会があれば是非一度訪れてみてください。
墨運堂は奈良県奈良市に本社を置く書道具用品製造メーカーです。
起源は1805年に墨屋九兵衛氏が奈良市にて墨の製造を始めたことに始まり、松井墨雲堂、松井墨運堂を経て現在の株式会社墨運堂へと名称が変わりました。
おおよそ200年も前より墨の製造を行っており、「書道文化」の発展・継承を目指し日本文化に貢献することを理念とし日々奮闘されております。
墨展を全国主要都市にて開催し、墨の知識を深めたりPR活動にも積極的です。
墨運堂の製造する墨に百選墨という有名な墨がございます。
墨は体質と色彩を掛け合わせることで無数の墨色を創ることができるのですが、その中より特に良いと思うものを百選墨として発表した物になります。
色彩を掛け合わせると申しましたが、墨なので全て黒色には変わりないのです。
百選墨は二次流通でも高額でお取引されておりますが、墨運堂が長年研究し培ってきた確かな技術、墨色は間違いなく書道を愛する者、コレクターに重宝されています。
堀江史郎は日本の画家です。
油彩画、水彩画のどちらも描き、静物画・肖像画・人物画、他にも犬や猫の絵も得意とする非常に多彩なジャンルで活躍していらっしゃる方です。
堀江史郎は1957年東京に生まれます。
時代は高度経済成長期です。多感な青少年期は日本が発展していく様子を肌で感じていたことでしょう。
1979年に朝の会グランプリを受賞しそこからは画家として本格的に活動していき大阪、銀座を中心に各地のデパートで個展を開催していきます。
飼っていた犬や猫と過ごすうちに、写真ではなく絵を描こうと考え、デッサンや油彩、水彩まで手を広げて描いていくことで犬と猫を自身のレパートリーに加えることになります。
評価としては特に静物画、薔薇等の絵が高いです。
堀江史郎の描く花は、色と光がハッキリしており周りに存在する家具も精巧に描かれており、花の美しさが際立っています。
犬や猫の絵は毛並みや瞳の愛らしさを強く感じる動物本来の可愛らしさを写実的に表現しており高い人気がある方です。