坂田 泥華

坂田 泥華は、代々続く萩焼の名家(深川萩四家の一つ)として知られています。

荻焼は、朝鮮李朝の陶工・李勺光文禄・慶長の役(1592~1598年)の頃に来日したことから始まりました。その後、始祖である李勺光の流れをくんで、代々技術が受け継がれてきました。
十二代まではあまり記録が残っていませんが、「泥華」という名号は比較的近代以降で確立されたものです。八代目からは「坂田」という姓が使われています。

十三代 坂田 泥華は、1915年に十二代 坂田泥華の長男として山口県長門市に生まれました。山口県立萩商業学校を卒業後、父に師事して家業に従事し、1950年に十三代坂田泥華を襲名します。

1972年には山口県指定無形文化財に認定され、個展に出品した作品は二度も宮内庁に買い上げられました。以降、山口県選奨(芸術文化功労)や紫綬褒章など、数多くの受賞歴を重ねていきます。
そして1994年には「全国豊かな海づくり大会」で、山口県より天皇陛下献上の茶碗を制作しました。
2004年、長男・慶造が早世した為に十五代坂田泥華を追贈し、自らは「泥珠」と号しました。

坂田泥華は、井戸茶碗に深い感銘を受けて研鑽を重ね、「泥華井戸」と称される独自の豪快な作風を確立しました。
焼成時に釉薬を剥ぎ取る事により御本風の柔らかい斑文を表現した「剥離釉」などの新しい技法の開発にも取り組み、現代の萩焼を語る上で欠かす事のできない重鎮です。

浅見 隆三

浅見 隆三(あさみ りゅうぞう、1904年9月26日 – 1987年7月23日)は、昭和時代を代表する日本の陶芸家であり、日展参事を務めた人物です。

京焼の名家である三代目・浅見五良助の次男として生まれ、祖父である二代目五良助のもとで育ちました。祖父からは、土造りや轆轤挽き、窯焚きなどの技術を学び、作陶の基礎を築きました。

浅見の作風は、中国宋時代の青白磁を基調にしつつ、現代的な感覚を取り入れた独自のものです。特に、象嵌技法や泥漿(でいしょう)による装飾が特徴的であり、これらの技法を用いて、抽象的でありながらも力強い作品を生み出しました。

彼の作品は、現在も多くの美術館や個人コレクションに所蔵されており、その革新的な作風と技法は、現代陶芸の重要な一翼を担っています。

おかや木芸

おかや木芸は、島根県で1952年に創業された木芸品の工房です。
「日常生活で使うもの」をテーマに、伝統技術を用いながらも現代的なデザインをしているのが特徴です。

主に希少銘木の「黒柿」を用いた作品を手掛けており、原木の仕入れや製材、木材の乾燥、製作までの全てを自社で行っています。

40年ほど前におかや木芸を継いだ五代目・岡 英司は、「漆芸デザイナーの中村富栄と出会ったことで現代的なデザインに目覚めた。様々な黒柿の銘品を見て、島根の優れた木工品を継承していくべきだと感じた。
そして復刻を手掛けるなかで学んだ、かつての名工たちの苦労や工夫、制作のポイントがデザインを考える際に活かされている。」と話しています。

また、「手しごとのすばらしさ」をコンセプトにした店内ギャラリーや、木工の世界を身近に感じられるワークショップスタジオなども運営しています。

市野 雅彦

市野雅彦(いちの まさひこ)は、兵庫県丹波篠山市出身の現代陶芸家で、丹波焼(丹波立杭焼)の伝統を受け継ぎながらも、独自の造形美やコンセプトを追求する作家です。

丹波の土「赤土部(あかどべ)」を用いた深い赤と黒のコントラストに装飾をそぎ落としたシンプルで緊張感ある造形美が特徴です。
「線紋」と表題される、削り出しの線文様によるリズム感のある作品が高い人気を持ちます。

作品単体だけでなく、展示空間や庭づくりも含めて「全体を作品」として構成する姿勢が見て取れます。

優れた造形力、素材への深い敬意、そして自然との共創を軸とした創作哲学が作品に力強く反映されており、国内外で高く評価されています。

今尾 景年

今尾景年は、京都出身の日本画家で、花鳥画を得意としました。

初め梅川東居に浮世絵を学び、その後、鈴木百年に入門しました。
青年期は百年の影響もあり、南画風の絵柄が見られましたが、四条派の流れを受けて写生に根ざした緻密な描写と装飾性を併せ持つ作風を確立していきます。

1885年に奈良博覧会に出品した「余物百種の図」が一等金牌を受賞し、知名度を獲得することとなりました。
壮年期に画家としての成熟を迎え、久保田米僊鈴木松年らと並び称されました。

景年は博覧会にも積極的に出品し、1900年のパリ万国博覧会で銀牌、1904年のセントルイス万国博覧会で金牌を受賞しています。
後年には帝室技芸員に任命され、公的にも高く評価されました。景年の花鳥画は国内外の美術館に収蔵され、今なお高い人気を保っています。

浜田 知明

浜田知明は、日本の版画家・彫刻家です。1917年に熊本県で生まれ、2018年に100歳でこの世を去るまで、多くの作品を残しました。若い頃、戦争の影響を大きく受け、20代の大半を軍隊で過ごした経験から、戦争の悲惨さや残酷さをユーモアを交えながら作品を通して訴えました。

浜田知明は16歳で東京美術学校(現在の東京芸術大学)油画科に飛び級で入学しました。しかし、戦時色の強い時代であったため、画家として本格的に活動を始めたのは太平洋戦争後になります。

1950年、32歳の時に駒井哲郎や関野準一郎らと交流しながら、銅版画の制作に本格的に取り組みました。自身の戦争経験を基にした『初年兵哀歌』シリーズを描き、このシリーズは日本国内のみならず海外でも大きな反響を呼びました。その後、浜田は海外での受賞を経て、国際的に活躍するようになります。

浜田知明の作品は、戦争に関わる人々の悲しみや社会の不条理、人間心理の暗闇といった深刻なテーマを、自身の風刺を交えつつ、エッチングならではの冷たい色調で表現しています。しかし、悲しみや無念さだけでなく、ユーモラスな要素も取り入れながら、そこに人間への深い愛情が込められている点も特徴です。

 

浅野 陽

浅野 陽は1923年、東京都本郷に生まれました。幼少期から芸術に興味を持ち、漆作品の勉強に励みました。その後、東京美術学校で富本憲吉や藤本能道らの作品に触れ、強く感銘を受け、自らも陶芸作家の道を志しました。1962年に入 …

淡島 雅吉

淡島 雅吉(あわしま まさきち)は、日本のガラス工芸家・デザイナーで、「しづくガラス」と呼ばれる作品群で特に知られています。 日本美術学校(図案科)を 1933年に卒業。そこで染色工芸家・広川松五郎から指導を受けます。 …

金重 愫

金重愫(かねしげ まこと)は岡山県出身の陶芸家です。1945年に備前焼の名工である金重素山の長男として生まれ、叔父には金重陶陽がいます。 京都大学農学部を卒業後、父である金重素山に師事し1979年に独立しました。現在は備 …

雲色堂

雲色堂(うんしきどう)は日本・京都に伝わる伝統的な堂号つまり工房名で、とりわけ京都系鉄瓶の中でも名門とされる存在です。 江戸時代に京都で創設された雲色堂は、釜師の名門として知られ、初代は和田信濃大掾 藤原國次(ふじわらく …

山本 長左

山本長左氏は石川県加賀市で活躍する九谷焼の陶芸家で、「藍九谷」と呼ばれる染付け技法に優れた作品を制作されています。 型打ちによる素地に呉須で直接描く染付けは、焼成後に鮮やかな藍色に変化し、独特の風合いを生み出します。19 …

鈴木 那奈

鈴木那奈(すずき なな)は、日本の洋画家です。京都芸術大学(旧・京都造形芸術大学)にて学び、大学院でも洋画を専攻しました。 繊細な筆致と色彩で、女性の内面性を静かに描く詩的な世界観が特徴です。 女性をモデルに、現代を生き …

河野 道一

河野道一(こうの みちひと)は、山梨県甲府市を拠点とする現代の名工であり、甲州水晶貴石細工の第一人者として知られています。 1939年生まれ。昭和33年(1958年)から家業である河野水晶美術に従事し、昭和44年には職業 …

永島福太郎

永島福太郎(ながしま ふくたろう)は、日本の著名な歴史学者で、特に中世日本の都市史や茶道史、奈良地域の歴史研究において重要な業績を残します。 古美術・茶道具に関する多数の著作を執筆し、特に『天王寺屋会記』の編纂・刊行で知 …

野々内 良樹

野々内良樹(ののうち よしき)は日本画、特に花鳥画を得意とし、日展会員として幅広く活躍した作家です。  父は日本画家の 野々内保太郎、次男の井上稔・三男の野々内宏も画家として活躍した、日本画の伝統を受け継ぐ芸術一家です。 …

菅野矢一

菅野矢一(すがの やいち)は、山形出身の洋画家で、日本芸術院会員。初期は人物画を多く描いたものの、後に風景画へと主題を変え、海や山などの大自然を鮮明な色面で表現する“清新な画風”で知られています 。 人物画から大自然の風 …

木村 泰典

日本を代表する江戸切子職人の一人であり、木村氏が手掛ける品物は、透明感の高いクリスタルガラスを使用し、更にそこに高い技術力を必要とする「菊籠目紋」「菊繋ぎ紋」を重ねて表現されているのが特徴的です。 江戸切子職人の父から誘 …

守口 源次郎

守口氏は滋賀県長浜市に伝わる郷土人形「おぼこ人形」の伝統工芸士であり、現代において数少ない専門職人の一人です。 有職御雛京人形司松屋から出されている作品が多く、共通している点として、凛とした表情の中に伝統的な顔立ちが見え …

前川 泰山

前川 泰山は珊瑚彫刻界を代表する作家です。 革新的な彫刻技術を取り入れ、従来の日本の珊瑚彫刻の伝統を覆す作品スタイルが注目されました。特に「寄木彫り」と呼ばれる手法(複数の珊瑚を組み合わせて立体表現をする技術)を開発し、 …

内島 市平

青鳳(せいほう)としても名が知られている内島市平は、彫金家として今現在でも注目度が高い作家です。 1881年富山県高岡市出身の内島市平は、細川松次郎氏に彫金術を学び日展に何度も入選を果たし、若くしてその名を知られるように …

岡崎雪声

岡崎雪声は、京都府伏見区で釜師・岡崎貞甫の子として生まれました。本名は庄次郎です。大阪で釜師の修業を積んだ後、21歳で上京し、鋳金家の鈴木政吉に師事しました。 明治22年(1889年)には、その年のパリ万国博覧会に出品し …

引間 二郎

引間二郎は北海道八雲町出身で、元々は農家として従事していましたが、不慮の交通事故により熊彫師に転向します。 「八雲」とは、熊彫発祥の地とも言われている八雲町からきています。1931年頃から品評会で評価の高かった木彫りの熊 …

大木 平蔵

大木平蔵(おおき へいぞう)は、京都・丸平大木人形店の伝統的な当主が襲名する名跡であり、明和年間から続く老舗京人形司における最高峰の人形作家です。 明和年間(約250年前)に創業され、現在も七代目まで続く伝統の技術と美意 …