アンヘレス・セレセダは、1962年にスペインのサンタンデールに生まれた油彩画家です。
1982年に同国の画家J・トレンツ・リャドが設立した地中海絵画自由学校に入学し、リャドの教えを学びながらモデルとしても活躍しました。リャドが描いた彼女の肖像画も現存しています。卒業後しばらくは同校で教鞭も取りましたが、現在は独立して活動を続けています。
光と影のコントラストや、優雅なタッチで描かれた花の作品などが特徴的で、また、師匠であるJ・トレンツ・リャド同様に肖像画家としても目覚ましい作品を残しています。
1994年以降はスペインや日本をはじめとする世界各地で展覧会を開催しており、J・トレンツ・リャドの後継者として光を浴び始めています。
楽 直入(らく じきにゅう)は、現在も活躍する京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の十五代当主です。
十四代覚入の長男として生まれ、東京藝術大学彫刻科を卒業した後、イタリアへ留学し、1981年(昭和56年)十五代・楽吉左衛門を襲名しました。2019年(令和元年)に家督を長男の当代・十六代楽吉左衛門に譲り隠居し、以降「直入」と号します。
伝統的な樂茶碗の伝統を継承しながらも、枠にとらわれない大胆で彫刻的な作品が特徴です。「焼貫(やきぬき)」の技法を用いた作品を展開し、国内外で高い評価を得ています。
2007年(平成19年)滋賀県にある佐川美術館「樂吉左衞門館」の設計・監修を手掛けました。隠居以降は京都の山間部に居を構え、今もなお精力的に作陶活動を送っています。
楽了入(らく りょうにゅう)は、江戸時代中期から後期にかけて活躍した京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の九代当主です。
七代長入の次男として生まれ、1770年(明和7年)に病弱だった兄から家督を継ぎ九代・楽吉左衛門を襲名しました。1811年(文化8年)に家督を十代旦入に譲り隠居し、以降「了入」と号します。
楽家の歴代当主の中でも特に卓越した技量を持つ名工として知られています。巧みな箆削り(へらけずり)による大胆かつ的確な造形が大きな特徴であり、黒釉や赤釉の改良、さらには様々な釉薬の研究を行うなど、高度な技術と多様な作風を展開しました。
天明の大火の被害に遭い先祖代々の陶土などを失う苦難にも見舞われましたが、三代道入(ノンコウ)と並ぶと称される腕前、65年に渡る長い作陶期間により「楽家中興の祖」とも呼ばれています。
楽 惺入(らく せいにゅう)は、大正から昭和初期に活躍した京都の陶工で、千家十職の一つである樂家の十三代当主です。
十二代弘入の長男として生まれ、1919年(大正8年)に家督を継ぎ十三代・楽吉左衛門を襲名し、1944年(昭和19年)に亡くなりました。後の十四代覚入はこの時出征の為不在で、復員後家督を継ぐことになります。「惺入」の号は没後におくられたもので、この「惺」の文字は表千家十二代惺斎より授かったと言われています。
戦時下の多難な時代ではありましたが、そのなかでも文化芸術の研究に通じ「茶道せゝらぎ」という茶道研究誌を刊行するなど陶芸に留まらない活動を行いました。
伝統的な楽焼の技法を遵守しつつも、釉薬や鉱物の科学的な研究に取り組み、新たな色彩表現を試みるなど独自の作風を展開しました。
Aster Hobbyは、「ライブスチーム」と呼ばれる実際に蒸気を発生させて走行する蒸気機関車模型を製造する世界的メーカーです。
スイスの鉄道模型会社であるフルグレックス社からの依頼によりアスター精機が開発に着手しました。当時、1番ゲージへの参入をフルグレックス社が検討していた際に、日本の子供向けの工作科学雑誌『模型とラジオ』にて掲載されていた、イギリスのサザン鉄道で運用されていた「Schools Class」の蒸気機関車の製品化を行おうとしていました。
1975年に本作が発売されると、当時衰退気味であったライブスチーム業界から高い注目を集め、同年アスター精機から分社され、Aster Hobbyが設立されました。
それまでは特殊な技術が必要とされていた組み立てが、ドライバーとスパナだけで行えるという点は愛好者から高い評価を集めました。
少数生産ながらも確かな技術で作られた精巧なディティールのお品物は、世界各国で高く評価されています。
橋本 大輔(はしもと だいすけ)は、独自の美しい天目(てんもく)釉を追求し続ける、現代の人気作陶家の一人です。
1972年生まれ。京都府陶工高等技術専門校などで伝統的な作陶の技術を学んだ後、2代目橋本城岳に師事します。そして天目釉の妖艶な美しさに魅了され、その研究と再現、さらには現代的な進化に情熱を注いできました。
「飾るだけでなく、使ってこそ真価を発揮するうつわ」として、国内外の器好き・日本酒好きから絶大な支持を集めています。