川瀬 忍
川瀬 忍は、中国陶磁に倣った名工・川瀬竹春(初代および2代目)に師事し、 18歳から陶芸の道に入った川瀬は、青磁を発表するようになるとすぐにその質の高さで注目された。細部まで隙のないシャープなかたち、静謐で深い青の釉調と …
川瀬 忍は、中国陶磁に倣った名工・川瀬竹春(初代および2代目)に師事し、 18歳から陶芸の道に入った川瀬は、青磁を発表するようになるとすぐにその質の高さで注目された。細部まで隙のないシャープなかたち、静謐で深い青の釉調と …
清水 六兵衛(しみず ろくべい)は、江戸時代中期以来の清水焼の陶工です。 京都五条坂の陶芸の家系であり、当代・清水六兵衛は八代目となります。 初代 (1738~1799) は京都五条坂の窯元・海老屋清兵衛に学んだあと、 …
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であつた』 川端康成の小説「雪国」冒頭のこの文は今でも非常に高い知名度を誇ります。 川端は1899年、大阪の医師のもとに生まれます。幼いうちに両親を失い祖父母の元で育てられ、小学生時代は …
「練上手」にて1993年に国の重要無形文化財に認定された陶芸家として有名な人物は松井康成でしょう。 「練上手」とは異なる色の粘土を練り合わせてその収縮にて模様を表す技法です。色が違うといっても土は同一で顔料にて色を変えて …
池田満寿夫は、1934年生まれの昭和を代表する作家・芸術家です。 1980年代にテレビなどのメディア出演を多くしていたことからご存じの方も多いかと思います。池田満寿夫を一躍有名にしたのは、芥川賞を受賞した「エーゲ海に捧ぐ …
中川浄益(1559~2008年)は、金物、金工品を得意とした千家十職(金物師)の一人です。 初代である紹益は、当初、武具や鎧などの製作をしていたが、千利休の依頼をきっかけに茶道具製品の製作を開始したと言われております。 …
竹影堂 榮眞(ちくえいどう えいしん)とは、寛政時代から約200年以上の歴史を持つ、京錺(きょうかざり)、金工品を製作する京都を代表する有名工房です。 栄真(榮眞)という屋号は、竹影堂の四代目竹次郎の時に、当時の有栖川宮 …
備前焼にて人間国宝に認定されていないものの、近年、人気が高まってきている原田拾六という陶芸家をご存知でしょうか。 岡山県の備前市に生まれた原田拾六は東京農業大学を卒業してから普通の会社員として働いておりました。 ですが、 …
中村翠嵐(なかむら すいらん)は、京都出身の陶芸家です。 色鮮やかなコーチ(交趾)において、絵具の改良により 独自の色を創出しました。また、従来にはない 極細の文様の作品を得意としております。 茶席での取り合わせによって …
西洋磁器ブランドのなかでも高い人気を誇るウェッジウッドは、ジョサイア・ウェッジウッドと言う一人の天才の手から生まれました。 ジョサイアは、バーラストンで陶芸の工房を営む父トーマス・ウェッジウッドと母メアリーの第13子とし …
三代目佐々木二六は1917年に愛媛県に生まれました。 1932年旧制三島中学校卒業後は、初代・二代のもとで陶磁器製造に従事し、1940年三代目佐々木二六を襲名しました。 二六焼の命名は、祖先で楽焼を製作した人から二代目に …
金谷浄雲は、1933年富山県に生まれました。 鋳造家で、宮内庁からの依頼を受けて正倉院供物の複製を制作している釡師の般若勘渓(はんにゃかんけい)に師事します。 弟子入りした般若鋳造所において、唐銅風炉を主とする茶 …
松田権六は、1896年石川県金沢市に生まれました。 7歳の頃から仏壇職人の兄より蒔絵を習い始めます。 1925年に並木製作所(パイロット万年筆の前身)に入社し、万年筆やパイプなどに蒔絵を施し世界に広めました。 1927年 …
陶芸家 鎌田幸二は、1948年京都に生まれました。 高等学校卒業後は、作陶を志し、五条坂共同登釜で清水正氏の指導を受けます。 京都府立陶工職業訓練校専攻科修了後は、指導員として働きながら共同登窯『鐘鋳窯(しょうじゅ)』に …
釜師 菊池政光は、1937年に山形県に生まれました。 奥州山形鋳物の伝統を受け継ぎ、茶釜や鉄瓶、風炉等多くの作品を制作しています。 菊池氏は人間国宝茶釜師である高橋敬典に師事したのち、昭和48年(1973年)に独立し菊池 …
藤城 清治は、日本を代表する影絵作家です。 影絵とは、動物や人物などに光を当てて、その影を投影したものの名称です。 影絵は日本だけでなく、あらゆる国で親しまれており、影絵芝居は世界的にもとても有名です。 元々絵を描くこと …
加藤重高は、愛知県瀬戸市を代表とする陶芸家。 父は、瀬戸の名工 加藤唐九郎で、陶芸一家の二男として愛知県瀬戸市に生まれる。 愛知県立瀬戸窯業学校在学中より、父の唐九郎のもとで作陶生活をはじめる。 昭和41年には、日展で特 …
三浦 竹軒は、京焼(清水焼)を代表とする京都府出身の陶芸家です。 京焼の名工『初代 三浦 竹泉』が父であり、その三男として生まれました。当初は三代竹泉として活動をしていましたが、昭和9年に独立をし、竹軒という名に改名しま …
楽吉左衛門は千家十職の一つで楽焼の茶碗を制作する茶碗師が代々襲名している名称で当代は十五代となります。 楽焼のは桃山時代(16世紀)に楽家の初代であった長次郎によって始められ、その技術は近年の研究にて三彩陶というものとさ …
中村宗哲は当代が十三代目となる千家十職の塗師の家門であります。 初代は江戸時代まで遡り、もともと豊臣家の臣下の武士でありましたが、豊臣秀吉が征伐された大阪の陣より京都市中に静かな暮らしを求めたことが塗師を家業にしたきっか …
中田一於は、石川県出身の釉裏銀彩の技法を確立させた九谷焼の陶芸家です。 釉裏銀彩とは下地を塗って焼成をした素地に銀箔を切って膠で貼り付けて、透明釉をかけて焼成をするといった中田一於独自の技法であり、金箔を貼り付ける釉裏金 …
数々の伝統技法を復活させ、指物工芸の技術を現代に受け継いだ木工芸家・氷見晃堂。その実力から木工芸で2番目の人間国宝に認定された人物です。 氷見晃堂は1906年、石川県の金沢に生まれました。実家は商家でしたが、祖父と父の教 …
日本近代文学史を語る上で欠かせない詩人・高村光太郎。詩集『道程』や『智恵子抄』などの作品が有名ですが、その一方で父である高村光雲に続き、自身も彫刻家として活躍しました。 高村光太郎は1883年、高村光雲の長男として生まれ …
「夢二式美人画」と呼ばれる特徴的なスタイルの美人画。大正ロマンの象徴としてあげられる情感あふれるその作品は、多くの日本人を魅了しました。 夢二は1884年岡山県に生まれます。18歳の頃上京し、間もなく新聞や雑誌のコマ絵な …
真葛(宮川)香斎は江戸時代から続く京焼の窯元で、当代が六代目となります。 真葛焼の歴史は江戸時代、祐閑宮川小兵衛政一が貞亨年間(1684-1687)に京都・知恩院前に住居を構え、陶芸を生業としたことに始まります。 小兵衛 …