坪島 土平

本名は坪島一男。三重県の廣永窯で作陶をしていた陶芸家です。

土平という号は、本名の苗字の坪島の坪の字を左右に分けたところからきています。本来の表記だと、土の字の右側中央の近くに点があります。土が飛んで付いたという事を表現しています。日本語では存在していない文字です。号を名づけたのは半泥子です。

1929年に大阪で生まれましたが、戦時中に三重県に疎開、その疎開先に住んでいた川北半泥子に師事し、陶芸の世界に入ります。半泥子の弟子としてその作陶精神を基礎としながら、新しく独自の作風を加えて技術を磨いていきます。

1963年、半泥子没後には廣永窯を継承し、1968年以降は高島屋で個展を開催。
以降名古屋・大阪・横浜の高島屋を中心に数多くの個展を開催していきます。

志野・織部・朝鮮唐津・伊賀と焼き物のジャンルは幅広く、赤絵・染付・色絵の作品を中心に作陶、中でも多彩な色を用いた作品は今でも人気です。

裏千家十五代 汎叟宗室 鵬雲斎

鵬雲斎(汎叟宗室)は、茶道三千家の一つ・裏千家家元の十五代目です。

父・裏千家十四代家元の碩叟宗室(淡々斎)の長男として生まれ、十五代目家元を襲名し活躍したのち、現在は自身の長男・玄黙宗室(坐忘斎)に家元を継承しています。

第二次世界大戦時に海軍少尉だった彼は、特別攻撃隊に志願するも、出撃を前に終戦を迎えました。戦争の経験を通じて、茶道の精神である「和敬清寂」、もとい茶道という文化が平和につながる道であると心得た鵬雲斎は、国内外での茶道の普及活動を始めました。

1951年、ハワイに初の裏千家海外支部が発会したのを皮切りに、現在ではアジア、ヨーロッパ、北米など広く裏千家のネットワークが形成されております。鵬雲斎の唱えた「一盌からピースフルネスを」という標語のもと、世界中に茶道の精神が発信されているのです。

鵬雲斎の作る多彩な茶道具は伝統的でありながら華やかで、茶道の意匠と万人に通じる美が体現された、まさしく世界に浸透するものだと言えるでしょう。

河本 五郎

河本五郎は表現としての陶磁器を追求し、その概念を推し広げた作家の一人です。

愛知県瀬戸市に生まれ、幼少より瀬戸の窯業に身を置きますが、伝統的な技術や価値観を客観的に捉え、個人の創意でそれらに対峙しました。

陶器の制作では、やきものの造形美は土の性質を抽出し象徴することにあると考え、土の粗い表情や裂け目、歪み、ひずみを生かし計算し、様々な方法で素材感や物質感をダイレクトに造形化する作風を確立しました。

家業の染付磁器とは異なる制作で作家として自立した河本ですが、意志ある姿勢はそのままに、しかし陶器から磁器へ制作を移行させます。そして瀬戸の染付磁器と更にそのルーツとなる中国陶磁への考察をもとに、どちらとも違う自身の染付と色絵に取り組んだのです。それは自らの制作で陶磁の伝統や歴史に迫り、乗り越え、進展させようとする行為であったといえます。

 

二上 常太郎

二上常太郎は、富山出身の蝋型師です。

伝統工芸の街・富山県高岡市で生まれ、斯界に誇る技術保持者の一人として、銅器を愛しその鋳肌に魅せられ、およそ60年の間創作活動を続けて居られました。作品は鍛え抜かれた技法のたしかさと気品、風格で満ち溢れ、観る者を魅惑してやまぬものがあると賞讃されており、人間国宝級の技法として業界からは高い評価を得ております。

蝋型とは、鋳金技法の一種です。まず、中子と呼ばれる鋳物の中空部を作るために生型と別に使われる鋳型を使い、その表面を蜜蠟と松脂を混ぜたもので覆って原型を作ります。その後粘土汁を混ぜた泥を塗り、乾燥させた後、加熱して蝋を溶かして空洞を作り鋳型とします。あとはこれに溶かした金属を注入し、冷めたら型を壊して完成します。

二上常太郎の主とした製作技法であり、銅製の美術品、花器や仏具といったジャンルで多く作品を残されています。

Meissen マイセン

マイセン(Meissen)はドイツ発祥の有名な磁器窯です。そして、ヨーロッパで初めて硬質磁器を生み出した窯でもあります。名前を聞いたことがあるという人も多いのではないでしょうか。

交差した2本の剣をシンボルとしており、ノーブルな白磁と絢爛な絵付がなによりの特徴となります。主には食器、また花瓶や人形などを手掛けており、華やかでつい見とれてしまうような作品ばかりです。

古くは18世紀初頭、ザクセン(ドイツ)の強王・アウグストI世の命により錬金術師ベトガーが初めて白磁の焼成に成功させたことを機に、ドイツのアルブレヒト城内に設立されたマイセン王立磁器研究所からはじまりました。

今に伝わるマイセン300年の歴史の中では、初期のバロック様式からロココ様式、新古典主義から歴史主義、自然主義、近代のアール・ヌーヴォー、アール・デコと、美術様式の変遷とともに新たな表現の可能性が追求されてきました。

西洋美術の潮流の中で常に中心にあり続け、積み重ねた伝統と変革の層の上に、西洋磁器窯の最高峰である現在の「マイセン」が屹立しているといえるでしょう。

デルフト窯

デルフト窯は16世紀からオランダで生産されている陶器です。
白地に鮮やかな青色で絵付けしたものはデルフト・ブルーと呼ばれており、日本ではデルフト焼とも呼ばれております。
オランダで活躍した画家フェルメールの作品にも登場するほど、デルフト窯の陶器はオランダの人々に親しまれていました。

黎明期は、素地にスズ白釉を掛ける南ヨーロッパの軟質陶器「マジョリカ陶器」の技法に強く影響を受けておりましたが、17世紀ごろからは中国磁器や日本の伊万里焼の模倣の制作が盛んになり、その影響はコバルトを主とした絵付で極東風の模様やヨーロッパの詩情を描く現在の形に繋がっています。

一時はオランダの窯場で焼かれた陶器はすべてデフルト磁器と呼ばれるほどにその名が隆盛しましたが、18世紀ごろからはイギリス製磁器に市場が押され、現在オランダで続いている窯元はデルフト窯とティヒラー・マッカム工房の二つばかりとなっております。

 

頼 山陽

頼 山陽は、江戸時代後期の日本を代表する歴史家であり、漢詩人、漢学者です。 1780年大阪江戸堀で広島出身の儒家であった頼春水(しゅんすい)の長男として生まれます。 翌年、1781年には広島藩藩儒に就任した頼山春水ととも …

宇野 亜喜良

宇野亜喜良はイラストレーターで50年以上日本のイラスト界ではトップを走り続けている人物でもあります。 「イラストレーション」「イラスト」と聞くと、「簡略化された絵」や「漫画やアニメみたいな絵」というイメージをお持ちの方も …

王 錫良

王錫良は、中国の美術工芸作家です。 1922年の景徳鎮に生まれ、若くから珠山八友の一人である王大凡に師事し、磁器と絵画を学びました。 1950年頃に在籍していた陶器科学研究院では、王大凡をはじめとする景徳鎮磁器の実力者た …

中畑 艸人

中畑艸人は、和歌山県出身の油彩画家です。 18歳の頃から独学で絵画を始めた艸人は、早くも日本水彩画展で入選を果たし、才能の片鱗を見せていました。26歳で上京し、硲(はざま)伊之助に師事して油彩画を始めました。その後は一水 …

中村 道年

中村 道年とは初代 一休庵 中村道年が全国各地で修行し、京焼・楽焼はいうまでもなく、高麗茶碗写し、染付などさまざまな種類の陶磁器の製法を身につけ、現在の五代目まで八事窯を守り続けている名称が道年となります。   初代 中 …

カールツァイス

カールツァイス(Carl Zeiss)はドイツの光学機器メーカーです。 1846年、カール・フリードリヒ・ツァイスが顕微鏡製作の工房をイエナに人類への貢献という情熱のもと設立したのが始まりです。 当時はレンズの性能におい …

ジュモー

ジュモーは現在のアンティークドールと言われる、人形制作が盛んだった19世紀フランスを代表する工房の一つです。 当時の人形は服を着飾る為の言わばマネキンのようなもので人形自体を愛でることはほとんどありませんでした。工房の創 …

林 隆一郎

林隆一郎は1942年生まれ、岐阜県土岐市出身の陶芸家です。 1974年に第21回日本伝統工芸展入選、1975年朝日陶芸展入選、1976年東海伝統工芸展入選、1979年第6回美濃陶芸展中日奨励賞、1982年独立と活躍の場を …

野間 仁根

愛媛県生まれの洋画家で、生涯に渡り海と釣りをこよなく愛した作家として知られ、海や森をテーマにした作品を多く描きました。原色で構成されている鮮やかな作風が特徴で、豪快なタッチと、鮮烈な色彩で大胆な配色が融合する作風が印象的 …

木村 表斎

木村表斎は、江戸時代末期から明治の初めにかけて活躍した京塗師です。業を継いだ弟の弥三郎が二代目としても活躍しました。 初代は滋賀県の近江高島郡小川村に生まれ、京都へ出た後に塗師・柴田藤兵衛に師事しました。その後は下京にて …

三浦 竹泉

三浦竹泉は京焼の窯元の名前で、明治時代から続いております。 茶道具、特に煎茶道具を得意としており、京焼の中でも人気のある窯元です。最近では海外でも人気があり、中国でも高い評価がついております。 初代は1853年の京都に生 …

池田製

池田製についての文献資料が少ないため、詳細は分かりませんが、池田製の作品は金工作品の中でも高い技術が注目されており、素材価値以上の高値で取引されています。 江戸時代末期、戦の少ない時代が永く続き、刀は武具としてではなく美 …

丁子紅子

丁子紅子さんは今注目の若手現代日本画家です。 1991年に埼玉県で生まれた丁子紅子さんは、繊細できめ細かなタッチ感、透き通るような透明感で見る者を釘付けにするデザインを描く作品が特徴的です。主に女性を描いています。女子美 …

佐久間 芳丘

松古窯の歴史は古く、その歴史は江戸時代の萬古焼から始まります。 萬古焼とは伊勢桑名の豪商であった沼波弄山が朝日町小向に窯を築いたのがはじめとされており、松古窯はその流れを汲み松古窯の初代信春が江戸時代後期に窯を開いた歴史 …

福王寺 法林

福王寺法林は山形県出身の日本画家です。 1920年に生まれ、現在まで多くの絵画作品を残されております。 幼い頃に父親と猟に出掛けた際に銃が暴発し、左目の視力を失ってしまう事故に見舞われますが、それにより生来の負けず嫌いか …

エルテ

ロマン・ド・ティルトフ1892年11月23日~1990年4月21日 ロシア生まれのフランス人で美術家でありながらデザイナーもしておりました。エルテ(Erte’)に通称で知られており、デザイナーとしてはファッション、ジュエ …