こちらのお品物は篠田桃紅『 Wood Sprite B 』のリトグラフになります。
篠田桃紅は『墨で抽象画を描く』という新たな日本美術を確立した美術家の一人です。
墨といえばいかにも中国や日本らしい物ですが、篠田桃紅の作品からはアメリカ美術に似た雰囲気を感じさせられます。
その理由を辿ると、彼女は43歳の時におよそ二年間、単身でニューヨークに渡米しているのです。時代で言えば1950年代のアメリカになりますので、それまでのヨーロッパに基づく美的価値観から離反するように生まれた、「抽象表現主義」というアメリカ独自の美術スタイルが最も勢いのある時期になります。
桃紅はそのような抽象表現主義を掲げる作家達と活動を続ける中で、次第に高い評価を得るようなり、日本国内よりも先に国外のアメリカで人気を獲得しました。
桃紅の作品は英語をタイトルに用いているものが多くあります。それは彼女が当時のアメリカで培った自由な発想の一つとして、水墨作品に英語という一見似合わないように思えるタイトルが、意外にも作品から受ける印象を自由にしてくれます。
今作は『 Wood Sprite B 』というタイトルですが、Wood Spriteを直訳すると「木の妖精」という意味になります。
Spriteはヨーロッパの伝承で「妖精」を指す言葉として扱われ、精霊にも似た意味を持ちます。
木の精霊といえば、ギリシャ神話に登場するニンフのドリュアス(ドライアド)が挙げられます。そのドリュアスの起源にはオークの樹が関わっているとされており、古代ヨーロッパにおいてオークの樹は、崇拝対象として神聖視されていました。
今回の作品を見ると、中央に描かれた太線はオークの硬い幹をイメージして描かれたかのようにも思われます。
そこには篠田桃紅のイメージする自然美が宿っているのかもしれません。
また太線に沿うように、くの字に曲がった曲線も描かれています。
ラファエル前派のイギリス人画家イーヴリン・ド・モーガンの『ドライアド』という作品がありますが、そこに描かれるドリュアスの脚線を想起させられます。もしかすると、イーヴリンのその作品に影響を受けているのではないかと思います。
リトグラフの評価は、原画の人気や発行部数で変化します。
今回は篠田桃紅の代表的なリトグラフ作品であり、ヤケやシミ、ひび割れもなく綺麗な状態で保管されていた為、こちらの評価とさせて頂きました。